Happy Pride!
けっこう今年は人が多かったですね。浴衣を着て歩くのも今年で4年目かな。日本人のプレゼンスを示すには、まあ、われらもそれなりの貢献をしてるとは思うけど、でも、実際のLGBTってのはわれらがグループにはあまりいなくてね。多くはうちのパーティーの常連の女の子たち。まあ、いっか。日本人くらいだよなあ、ニューヨークでもあんまりこういう場所に出てこないのは。なんか、「日本」というものに欠陥があるのかしら。「プライドに出てこないからといって欠陥ではないだろ」ってのはもちろん知った上でですが、ことはプライドに限った話ではないからさ。ゲイであろうがなかろうがそんなのとは関係なく、このプレゼンスの示し方の短絡性、あるいは幼児性、あるいは引き籠り。関係性を重要視しないところに可能性を見出すとしたら、それはいったいどんな可能性なんだろう。
アメリカってのは嫌なところもたくさんあるけど、こういう、物事が機能していく、あるいは物事を機能させる力ってのかね、パレードとか、イベントとか、ある種の仕事でもそうなんだろうけど、そういうのってすごいですわ。だれかさんが七面倒くさいことごたごた考えてる間に、プラグマティックといいますか、こっちはどんどん行動しちゃってるといいますか、まあ、行動すりゃいいってわけじゃないのはブッシュの例を見ればアタボウですが、行動しないでぐちょぐちょ言ってばかりいるってのもみっともなくて、要は動いてこそ浮かぶ思いもあれ、ってなことで、バランス。あとは換気のよさね。
アメリカの真似をしちゃほとんどで厄介ごとまで引き受けることになってしまうでしょうからそれはやめた方がよろしいのは当然。しかし物事を機能させるその仕組みというのだけでも、どうにか日本も取り入れられないのかなあ。
でもね、こういうのってホウレン草と同じでね、葉っぱの部分が好きだから茎のところを切り捨てて葉っぱだけ売ってちょうだい、とは言えないもんなんだよね。そこが「文化」とか「風土」とかの、一筋縄ではいかないところなんですよね。ま、だから面白いんでもありますが。
あー、歩いたあとはビールがうまい。暑くもなく、本日は最高の天気でした。
東京も札幌も、どうにかうまく機能することを祈ってます。
その努力に敬意を込めて。