なんだか嫌な空気への反応
「小泉自民党敗北」の参院選を前に、東京新聞が「ニッポンの空気」(www.tokyo-np.co.jp/kuuki)という連載を行っていました。北朝鮮の拉致被害者家族の会やイラクの人質事件などに関連して、政府や権威への批判を許さぬ最近のニッポンの息苦しさを描いた好企画でした。
その中で今年2月、「愛国心」を盛り込もうという教育基本法「改正促進委員会」の設立総会で、民主党衆院議員の西村真悟が「お国のために命を投げ出しても構わない日本人を生み出す」と演説したことが紹介されていました。
西村ってのは民社党から新進党を経て民主党に入った人。民主党もこういう寄せ集め集団ですからそういうなんだかわからん発言が出てきても不思議ではないのですが、政治家に教育とか倫理とかを語らせるとロクなことにならねえなと思うのは私だけでしょうかね。
いま上映中の『華氏911』にも同じようなことが描かれています。連合軍の死者が1千人を越えたイラク戦争(イラク人の死者数はその10倍以上です)で、自分の子息を軍に徴兵登録している連邦議員は1人しかいない。そこでムーア監督は例によって首都ワシントンに繰り出し、往来の議員たちに向けて徴兵登録への記入を勧めるわけです。ところが予想どおり、それに応じる議員は1人もいない。
翻って西村議員。彼にもお子さんが3人いらっしゃる。彼はそのお子たちには率先して「お国のために命を投げ出」させるのかしら。
映画を見ながら、私は4年前からのことを思い出していました。そうだ、そうだったよなあ、という感じです。あの大統領選挙で国民の半分は怒り狂いました。ブッシュの支持率は9・11の前は40%代でした。それがあっという間に「戦争人気」です。映画は、その辺をうまくおさらいしてくれます。ジャーナリストとしてずっとウォッチしてきた者にはそう新しい話はないのですが、ただしまとめて提示されるとさすがにそこに強い意味が出てきます。ムーア監督の編集構成はなかなかのものです。ブッシュのアホさ加減と、しかし厳粛な戦争の映像とが、映画に緩急を付けます。そうしてしだいに、ブッシュに対するそもそものあの怒りがよみがえってくるといった仕掛けです。
そうやって思い返すと、9・11の後でアメリカ中に星条旗があふれたのは仕方ないと思います。しかし、批判が許されない状況はどうみても異常でした。異常だと口にすること自体も認められないような雰囲気。映画の中でブリトニー・スピアーズがガムをクチャクチャやりながら「ブッシュ大統領を支持するわ」と言っていましたが、それを見ながら私は逆に、ディキシーチックスというカントリーシンガー3人娘が同じテキサス出身のブッシュを「恥だと思う」と発言してものすごいバッシングが起きたことを思い出していました。
そのバッシングを容認するばかりか寄ってたかって後押しするようなあのときの“空気”は、なんだか嫌ないまの「ニッポンの空気」にも通底していました。年金も多国籍軍も批判なしで通そうというその小泉自民党の「嫌な感じ」に、そして参院選の日本の有権者は拒絶反応を示した。ケリー・エドワーズ組への支持率上昇を通して現れている反ブッシュの気運も、そんななんだか嫌な感じを拒絶したいアメリカの平衡感覚の現れなのかもしれません。
『華氏911』はすでに千数百万人が見ています。大統領選の投票率は50%ほど。5千万票代での競り合いです。ですから観客動員2千万人にはなるだろうとされるこの映画の影響はかなり大きいはずです。今はそれに期待しましょうか。とはいえ、ブッシュ政権はテロを理由にした大統領選挙の延期ということも検討しているのだとか。ふ〜む、こいつぁ厄介だわなあ。