スクリーミング・ダディー
しかし、西武鉄道・コクドのあの株の売り抜け、というか、自社株だから配分調整なんでしょうが、それにしてもあんな絵に描いたようなインサイダー売却はありませんね。堤義明さん、これで逮捕されなかったら、マーサ・スチュワートがかわいそうです。そのマーサはいま、キャンプ・カップケーキという通称のある“かわいい”軽犯罪者用刑務所で5カ月の禁固刑に服しています。控訴はしてますが。堤さんはそれでは済まないでしょう。これは経済システムを揺るがすほどの重罪なのですが、日本のご祝儀情実証券市場では、こういうことはままあるのかもしれません。しかし、もうそういう時代ではない。
ところで大統領選挙、あと12日後です。
そんな状況下、テレビ討論会は3回ともケリーの“勝ち”という評価なのに、どうしてまだブッシュに投票するという人が減らないどころか逆に増えたりするのか、民主党支持者の多いニューヨークにいるとそれがどうもよくわからんのです。日本にいたらもっとわからないでしょうね。
ブッシュの強さの一因は「セキュリティ・ママ(Security Moms)」だという意見があります。自分の子の安全を第一に考えて行動する母親たち、というような意味です。テロの脅威のなんとはなしの不安を抱えるそんな「セキュリティ・ママたち」が、対テロ強硬派のブッシュの人気の後ろ盾だというわけです。
でも、そうかなあと考えてしまいます。各種調査でも、ブッシュのイラク戦争の手法で「アメリカはより危険になった」と考えるひとは逆に多くなっている。おまけに女性層ではやはりケリー人気が根強い。
じゃあこのブッシュ人気はいったい何なんでしょう。わたしにはどうもこれは、この国に潜在する反インテリの気運のような気がするのですね。論理に対する感情の巻き返し、または不信、あるいは疲れ、のような感じですか。
あのテロを経て、さらに泥沼のイラク戦争を観て、なんだか、なにをやってもうまく行かないんじゃないか。考えても結論なんか出るわけないんじゃないか。えらそうなこと言っても、いったん始めたことは最後までやるしかないんじゃないか。面倒くさいこと考えてる暇があったら体を張って家族を守り敵を倒す、それがアメリカ人の精神の必要不可欠の一部だったのではないか……そんな感情です。そうして、それを体現しているのはアッケラカンのブッシュであって、難しい顔をして論理を尽くそうとするケリーではない。
ラジオのトーク番組はそういうトーンであふれています。なによりCNNを抜いて視聴率1位のFOXニュースの論調はそれです。
ぜんぜん関係ないんだけど、料理専門TVのフードチャンネルでエメリル・レガシというシェフがいます。やたら威勢がよくて「バン、バン!」とケイジャンスパイスを皿に勢いよく投げつけたりしてあっというまにものすごい人気者になりました。でもこの人の料理、よく見ていると勢いだけでけっこうデタラメなんですね。言っていることも繰り返しが多くボキャブラリーは限られ、しかもそれでもときどき言い間違う。元気がよいのにふととても頼りなさげでそんなときは鼻歌でごまかしたりする。巻き簾で日本の巻き寿司を作ろうとしたときなんて、えらそうに解説しながら海苔といっしょに巻き簾まで巻き込んでいたくらいです。
もっと論理的で丁寧でおいしそうなシェフはたくさんいるんですが、しかし彼が同局の一番人気なんですわ。「エメリル・ライヴ」というスタジオ公開料理ショーには、ニンニクや料理用の酒が登場するとそれだけでやたら腕を振り回し雄叫びを挙げて狂喜する男性客(女性連れ)でいっぱいなわけです。
この人を見るたびにわたしはなぜかいつもブッシュのことを思い出してしまうんですね。面倒くさい料理の組み立てのことなんか放っておいて、ニンニクとバーボンで味つけて最後にうまくなりゃそれでいいじゃねえかよ、なあ、みんな! というノリでしょうか。
で、かのブッシュの後ろには先述のセキュリティ・ママよりも、このスタジオ・オーディアンスのような、アドレナリン過多の、そんなスクリーミング・ダディーたちが五万と控えているんじゃないのか、と、あまり論理的じゃない連想をしてしまうのです。
これは手強いです。
なんせ、言葉が通じないんですもの。
参りましたね、また言葉が通じないそんな四年間を、世界は甘受しなくてはいけないのかもしれません。