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断罪の社会

(改訂版)
 もう選挙の必要がない2期目のブッシュに、かつてレーガンの2期目のような「思いやりのある保守主義」を期待する向きもあるのだけど、選挙後この2週間で出てきた政権の動きは残念ながらそうではないようです。

 みなさんもうご存じのように、選挙直後にこの勝利の仕掛人だった大統領政策顧問カール・ローブは、一度破れたはずの同性婚禁止のための連邦憲法修正の成立をいま一度図ると早ばやと表明しました。

 続いてブッシュが命じたイラク・ファルージャへの総攻撃は肝心のザルカウィ一派の中枢を獲り逃して地元反米勢力の若者たちら1600人を殺害するだけの、相変わらずの力任せの軍事行動です。昨夜はCNNをはじめ各局ともが、ファルージャのモスクで重傷を負って横たわっていた“武装勢力の1人”が「こいつ、死んだふりをしている」と叫ぶ海兵隊員によって銃で頭部にとどめを刺される映像が(肝心の瞬間は音声だけで)流されました。こういうことは戦場ではおそらくよくあることなのでしょうが、湾岸戦争以降のアメリカの戦場の内実はほとんど納税者には知らされないようになりました。戦争報道とは事実であればあるほどそのまま反戦報道であり、良き戦争映画もまたそのままどうしても反戦映画にならざるをえないという宿命があります。ホワイトハウスはこれでまた取材規制を強めるでしょう。

 というか、すでに竦(すく)んでしまっている社会のようすが先週の「プライベート・ライアン」の放送自粛の波からも窺えます。4文字言葉など暴力的な表現が多かったから、というのが退役軍人の日の放送を見送ったABC系列の3割以上を占める地方局の言い分でしたが、この映画はすでに2度、アメリカでは放送されているのです。それが今度は怖じ気づいた。表向きはFCC(連邦通信委員会)からの罰金が恐い、ということになっていますが、さて、厭戦メッセージを嫌ったからではなかったのかと勘ぐりたくなるような社会のムードなのです。

 そればかりではありません。ホワイトハウスは元UPIの名物記者ヘレン・トーマスさん(84)をこれまでの指定席だった記者会見室最前列から最後尾の席に“追放”してしまいました。ヘレンおばさんは、イラク戦争を恥知らずとののしりブッシュを史上最悪の大統領をこき下ろしている人です。1961年のケネディ政権以来ずっとホワイトハウス付きのジャーナリストとして活動し、一定の尊敬を受けている彼女がブッシュを観察してそう判断した。そうしたらあっという間に末席に追いやられた。

 笑ってしまうのは例のスペインの新首相からの再選お祝い電話をブッシュがとらない、という報道です。スペインはマドリッドの列車テロで200人近い死者を出して総選挙で政権交替になってしまい、そうして就任したいまのこのサパテロ首相がイラクからの撤兵も決断した。ブッシュにとっては裏切り行為に他ならなかったのでしょう。で、そんなやつからの祝い電話など取りたくもない、ということなのでしょうが、まったく大人げないというか、まあ、そういう精神性、精神年齢なんでしょう。

 極めつけは健康上の理由から辞任した悪名高きアシュクロフト司法長官の後任者の指名でした。後任のアルベルト・ゴンザレス(49)の名前を聞いたときは、なるほどそうかと思いました。ブッシュは包容など目指していないようです。こいつ、またやる気なんだ、という感じが、ほとんど確信に変わりました。

 ゴンザレスってのは「初のヒスパニック系司法長官」と紹介されていますが、マイノリティー出身だからといって穏健派かというととんでもありません。今回の選挙でも大多数のマイノリティーは民主党支持でしたが、数少ない富裕層のマイノリティーは圧倒的にブッシュ支持だった。現体制にうまく順応した少数派出身者ほど体制忠誠に傾くのは自然なのかもしれませんが、このゴンザレスも例に漏れずテキサス人脈の1人で、石油産業界専門弁護士としてエンロンなど業界とのつながりも深い人物です。

 ブッシュの州知事時代には知事の法律顧問として知的障害者への死刑執行にもゴーをかけるなどした大変なやつです。続く大統領法律顧問としても02年1月、アフガニスタン戦争で拘束したアフガン人捕虜をジュネーブ条約の適用となる「戦争捕虜」とすると人権に配慮しなくてはならなくなるため、「戦争捕虜」ではなく「テロリスト」、つまり犯罪者だと規定して拷問的な尋問も可能にしたのはこのゴンザレスのアイディアでした。これが後にイラク・アブグレイブ刑務所での虐待につながるのです。とんでもない話でしょ。

 政権内唯一の穏健派とされていたパウェル国務長官も予想どおり辞任です。きょうはその下のアーミテージも辞表を提出しました。「融和」など望むべくもないような雰囲気が続いています。そうして今度はコンドリーザ・ライスが国務長官になる。なんだか、ゴンザレスといい、みんなアンクル・トムみたいな連中ばかり。しかも、よくよく観察していると、新閣僚はますますテキサスの金権集団の利益代表みたいな連中ばかりなのです。カネですよ、カネ。この新政権は一皮むくと我利我利亡者の地獄の門みたいな様相を呈しはじめているのです。

 そんな中、カナダは本当にシアトルとサンフランシスコ、ロサンゼルスの3都市で米国からの移民歓迎のためのセミナーを開くそうですよ。

 保守ってのにはかつて、「やさしく穏やか」というイメージもあったんです。でも、そこからだんだん離れて、アメリカではこの勝利をかさに宗教右派をバックにした「偏狭で断罪的」というイメージに変わりつつあります。勝ち誇る者たちの威圧的な君臨。ほんとうは選挙を勝たせたのは宗教右派ではなくてふつうの穏やかで敬虔なキリスト者たちだっただけなのに、その意思を翻訳すると宗教右派的道徳至上主義になってしまうのは如何ともしがたいのでしょうか。倫理主義者の顔をして、その実はカネに飢えた私利私欲の塊。まったくぐったりします。

 ところでふと目を日本に転じると、最近やたらとニュースに映る「いろいろお世話になったりご迷惑をおかけした世間に感謝/謝罪する被害者(家族)の映像」というのが気にかかりませんか? あの無事解放されたイラク人質事件での家族コメントへのバッシングあたりが始まりなんでしょうけれど、香田さんの遺族にしても、新潟の被災者にしても、北朝鮮拉致被害者の家族会にしても、だれもかれもがテレビの前でよくよく「世間」に謝意を表明し,深々と頭を下げる映像がこれ見よがしに強調されます。これって、とても断罪的な「世間」への怯えを透かし見せているのではないかと気になってしょうがありません。

目に見えない時代の雰囲気、とでもいうのでしょうか、それがなんとなく息苦しくなってきている。日本とアメリカは、いまそんな気持ち悪さがなんともいえず似ているような気がします。

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