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取材源の秘匿

 NYタイムズなどによるCIA工作員漏洩事件が大きな政治問題になってきました。ともするとチェイニー副大統領の辞任にも結びつきそうな雰囲気です(希望的観測)。しかしこれは最初からおかしな事件でした。

 発端は一昨年夏、アフリカ・ガボンの米国大使の妻がCIAのスパイだと報じられたことです。最初からおかしかったというのは、CIAのスパイであるという事実を報道することに何の意味もニュース価値もないからでした。いったいそんなニュースが誰の得になるのか、何のためになるのか、まったく意味をなさなかったからです。

 そこでわかってきたのは、この奥さんの夫である米国ガボン大使ジョセフ・ウィルソン氏が、ブッシュ政権がイラク開戦の理由だった大量破壊兵器疑惑を「脅威を誇張して事実をねつ造した」と批判していたという背景でした。ここで初めて利害関係が見えてきたのです。ウィルソン氏の奥さんがスパイだと露呈すれば著しい生命の危険にさらされる。つまり、政権批判への報復のために、肉体的・心理的嫌がらせをねらってホワイトハウスが意図的かつ巧みにそのスパイの人定情報をリークしたのではないか、というものでした。

 思えば、タイムズ記者のジュディス・ミラーが情報源の秘匿を盾に証言拒否で収監されたときも、米メディアはなにかが歯に挟まっているようなかばい方をしていました。なぜならこの場合、情報源を隠すことで守られていたのはブッシュ政権そのものの方だったわけですから。もともとの記事だって、前述したようにニュース価値のないものだったのですから。ふつうはそういう情報を握ってもまともな記者なら書きはしません。脅迫事件に加担するようなもんですもの。

 手元に文藝春秋の9月号があるのですが(芥川賞の発表があったのでそっちが目的で買ったのです)、ぐうぜん面白いものを見つけました。いつもはメディア批判で筆鋒鋭い「新聞エンマ帖」の欄が「取材源の秘匿が揺らいでいる」と題してとんでもない勘違い原稿をさらしているんですね。

 「ジャーナリストならば、情報提供者の秘密を守るため、その名前を明かしてはならないことは誰でも知っている」として、これを「最も重要な職業論理」と書いているのはいいのですが、ミラー記者の収監に関して日本の新聞はみな「対岸の火事的な報道に終止した」として「悪しき日本の新聞の習性を見る思いがした」と筆を滑らせるのです。

 エンマ帖氏は「仮に権力によって取材源の秘匿が否定され、ジャーナリストがそれを守らなくなれば、人々のジャーナリズムへの信頼は地に堕ちる」と説き、「日本のジャーナリスト」は「だが、いざという時、果たしてニューヨークタイムズの記者のように行動できるのか」と心配してくださっている。

 しかし事の顛末は逆でした。タイムズのミラー記者のように行動してしまえば、権力こそが取材源の秘匿によって守られ批判に頬かむりしていられるのです。ミラー記者ほか一連の漏洩情報の報道者たちはいずれも大量破壊兵器疑惑にも簡単に乗って検証もなく記事を大量生産し米国民の開戦意識をあおった、ブッシュ政権のいわゆる“御用記者”だったのです。

 これは情報漏洩事件ではなく、政権中枢である大統領補佐官カール・ローブや副大統領補佐官ルイス・リビーをリーク源とする、人命をも顧みない冷酷な情報操作と報復の事件でした。権力者の思い上がりも甚だしい、じつに恐ろしい話です。

さてブッシュ政権がどう後始末をつけるか。
チェイニーは辞めるのか。
政権末期のレイムダック化が進むのか。
これからいろいろと展開があるでしょう。

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