役得亡者
「役得」という言葉があります。新聞記者にも役得はあります。警察や役所が設ける幹部との酒席は、きっとマスコミ対策費とかいう名目の支出だったのでしょうが、若かった私は最初、結構な料理が出てかなり驚いたものでした。
私は社会部畑だったのでどちらかというと(不祥事)企業に嫌われる立場でしたんで、他の役得にはほとんど浴しませんでしたが、経済部の記者などは企業の新製品を試供品としてもらったりします。製品紹介のiPodをもらった記者はさすがにうれしそうでしたし、昔はどういう意図か一流デパートのワイシャツお仕立券なども企業から配られたとか。いまはあまりそういう露骨なのはないでしょうが、それでも芸能記者は入手困難のチケットが(他人の分まで)手に入ったりします。かつて、社に送られてくる試聴用のレコードからCDからぜんぶ家に持ち帰っていた記者の家の床が抜けたという本当の話を聞いたこともあります。運動部の記者だってサインをもらえるとか、まあ、そんなのはかわいいもんかもしれません。政治部の記者の役得って、何なんだろう。なんか怖いね。
NYに来てからも某企業の会長さんが日本からいらっしゃるたびに個別にこちらの一流レストランで食事をご相伴させてもらったりしました。べつにその企業に便宜を図るわけでもないのにどうしてこんなことするのと秘書氏に訊くと「予算があるから消費しなくちゃならないんですよ」との話。今はその会長氏も引退なさったから、もうそんな慣習はないんでしょうね。
もともと貧乏性のせいか、その種の「役得」に遭遇するたびになんとも居心地の悪い気分になったものですが、まあ、それも年に1度ほどの勉強でした。新聞社を辞めてからは「役得」という言葉自体も忘れましたが。
ただ、どんどん「役得」中毒が進む人も少なくないようです。役得などなくてもふつうに仕事をしていたのに、そのうちに役得も自分の正当な報酬のうちだと誤解するようになる。役得がないと仕事をしなくなる。
開いた口がふさがらないとしか言えない社会保険庁の国民年金保険料不正免除問題は、じつはここ数年で明らかになった同庁の「役得体質」と同根です。
同庁職員たちはこれまで、自分たちで使うゴルフ練習場のクラブやボール購入費、テニスコートやバスケットボールコートの建設費などにも保険料を流用していました。同庁発行の年金マニュアルや健康の手引きのような小冊子で、“監修費”と称して職員に1ページ6万円とか18万円とかのアルバイトをバラまいていました。職員の健康や研修のためと称して自分たち用のマッサージ機やミュージカルやクラシック、狂言のチケットを購入していました。
これはもう「役得」のレベルではなく「悪徳」極まった立派な背任、横領、窃盗罪です。なのに、そうしたものでの起訴は1件もなかった。わけがわかりません。
ふと目を横に向けると今度は国会の根幹である国政調査権を支える国政調査活動費が、2年で1億円分も議員たちの料亭やクラブでの飲み食いに流用されていたことが朝日新聞の調べでわかりました。おまけに国会職員までもが備品や光熱費に使うべき庁費を自分たちの飲食に充てていたんですって。それらの中には芸者やコンパニオンを上げての宴会もあって、これも役得ですか? いったい日本という国はどうなっているのか、顎が外れそうです。
今国会では教育基本法の改正もありますが、そんな連中に「日本を愛せ」と強制されても首を傾げてしまいます。そいつらの「日本」と私の愛する日本は、どうしたって違うもんなあ。で、そういう連中に限って「ニッポンは素晴らしい」とか「品格がある」だとか「国を愛するのは義務だ」とかっていうわけですわ。なんなんでしょ、こういうのって。
先日もここに書きましたが、産經新聞がネットで流布されている「君が代」の替え歌を憤慨しながら紹介していました。君が代の歌詞にも聞こえる英語の歌詞で、いままたよく読んでみると、死者を悼むその内容は、cave とあって、これは「カマ」で多くの住民が死んでいった沖縄戦のことのようでもあり従軍慰安婦のようでもあり、ですね。ところで、友人が教えてくれたところによると、この歌詞がネットで流布し始めたのは99年2月で、国歌国旗制定法以前の話だとか。その点で、産経の記事の“読み”は事実誤認の間違いだということです。あら、はずかしい。
私の尊敬するアーティストで上質のやわらかな言論人でもある大塚TAQさんが、この替え歌の、もっとキュートなヴァージョンを遊びで作ってくれました。以下のものがそれです。
Kick me, girl and your old wand
Chill your knees, a yacht in your need
Southern rain, is she known?
Heat one old toe, not retail
Cock ate North moon, soup, mud and dates
お嬢ちゃん、その杖でぼくを蹴飛ばして。
膝を震わしてる場合じゃないよ、必要なのは一艘のヨット。
南の雨さん、彼女のことは知っている?
足の指を一本だけ熱くするの、売り物じゃないやつを。
雄鶏が北の月とスープと泥とナツメヤシを食べたよ。
いわく、「現在あるバージョンだと、その都度「慰安婦問題」に向き合わなきゃならないのがシンドイ気がするし…。」ということでいろいろとことばをいじっているうちに、「なんかマザーグースみたいな不思議な世界」が出来上がったというわけだそうです。
素敵ですね。もちろん、こんなことをしている大塚さんに、役得なんてもんはありません。せいぜいみんなの敬意を集めるくらい。それは役得ではなく、人徳です。