サラ・ペイリンという誤算
1カ月ほどの日本滞在から帰ってきたらもう大統領選挙が目前です。日本にいてもCNNやABCなどや新聞は見られるのですが、何が違うかといって昼や夜のトーク番組やコメディアンたちの鋭い政治ネタ・ジョークが見られない。じつはそれこそがなんとなくアメリカの空気を掴むのに欠かせなかったのだと今更ながら気づきました。
で、私のいない間に例の「サタデーナイト・ライブ」のティナ・フェイのサラ・ペイリン・パロディです。ユーチューブでキャッチアップしたら、この1カ月ほどで「オバマ大勝」という読みが強まった理由の1つがわかりました。ここ数回の大統領選で、趨勢がこれほどはっきりしているのは珍しいことです。
(これは最新の、昨晩のサタデーナイト・ライブ。次の大統領選挙をねらってる、ってなわけ。例の、サルコジの物まねに引っかかって中央政界に居続ける、次をねらうというようなことを電話でしゃべっていたのを取り上げられている)
マケインが共和党の候補になったとき、じつは彼には2つの選択肢がありました。
米国の有権者は大きく左派、中間層、右派に三分されます。そのどれもがほぼ同じ数です。投票に行くのはいずれも3千万人ほど。そこでは左派が共和党に投票することはないし、右派が民主党に投票することもあまりありません。そこでマケイン陣営としては、中道派・中間層の取り込みを主戦場と決め、そこでオバマとがっぷり四つに組むという戦略もあったわけです。彼はこの選挙の前まで、共和党ながら「一匹狼」の異名を持つ中道派の政治家だったのですから。
現実主義の中道派政治家として、例えばジュリアーニ前NY市長、あるいはゴアのときには民主党の副大統領候補だったリーバーマン上院議員を副大統領候補にするというカードは、民主党の票田に果敢に切り込んでいく、最も勝算のあった方法ではなかったかと思います。なぜならヒラリーを副に据えなかったオバマ陣営は、民主党の票田を2つに割ったも同然で、その1つをごっそり引っ張ってくることも可能だったからです。
しかしマケインは、というか共和党首脳部は別の戦略を取りました。共和党としては、伝統的な支持層である右派=草の根保守派=キリスト教保守派層を無視するという“蛮勇”はふるえなかったのでしょう。
しかしヒラリーで分裂した民主党支持の女性票はぜひとも欲しい。そこで若い女性で、つまり左派・右派の枠を越えた新しい世代に受けそうで、しかし政治的には極端に保守的な、つまり旧い共和党支持世代にも受けそうなワイルド・カードを抜擢した。それがサラ・ペイリンだったのです。
しかし誤算でした。彼女が登場したとき、私はこのコラムでも「ヒラリーの支持者たちがあの大きな髪型の女性に流れることはないのではないか」というようなことを書きました。いずれは頭を冷やしてオバマに戻っていく、と。
サラ・ペイリンはあまりに政治的に未熟でした。アラスカからロシアが見えると言ったり、副大統領が上院の一員だと言ったり、この大統領選がマケインではなく自分の選挙であるかのように自分の名前を先に言ったり、準備不足からテレビ・インタビューを避けている間にそっくりさんパロディのほうが有名になってしまった。ジョークの対象である「軽薄で狩猟好きのおしゃべり女」のイメージが一人歩きしてしまったのです。
そこに金融危機でした。マケインも最近やっと経済や税金の話をするようになりましたが遅きに失したと同時にどうも下品な個人攻撃に流れています。オバマは彼の言い方では「富を再配分する社会主義者」「中小企業の半分以上が利益を税金で持っていかれる」という恫喝。それが最終盤の選挙情勢です。
オバマにとって、現時点の最大の心配は選挙不正と白人至上主義者たちの憎悪だけのようです。