オバマの肩にのしかかるもの
これほどまでに人々の夢と希望と祈りとを託させれてしまった男というのは、最近ではついぞ見たことがありません。まるですべての救世主のように、そうではないとわかっているのだけれど。アメリカの民主党支持者、いや、理想主義者たちがいかにこの8年、つまり、ゴアがブッシュに敗れたあの日から、自分たちの国に失望しつづけてきたか、その反動なんでしょう。それはわたしもわかります。8年前のあの深夜、わたしはアパートを出てひとりでずっと地下鉄Dラインの終点までなんのあてもなく電車に揺られてましたし。
オバマの勝利演説は、とてもよかった。でも、彼の顔はとてもシリアスでしたね。笑顔を見せても笑ってはいなかった。それは、このじつに知的で、じつにまじめな男が、この日から今度は本当の戦いに出なくてはならないという覚悟を示していた、あるいは自覚していたということの証左のように見えました。バイデンは満面の笑顔でしたが、そこが正と副との責任の違いなのか、まあ、副大統領までガチガチならさらに大変。
マケインの早々の敗北宣言もまた素晴らしかった、と言う人もいます。アフリカ系アメリカ人の大統領が登場する意味を語って潔かった、と。しかし、負けた人間にそれ以外の何が言えるでしょう。その前日まで、いえ、数時間前まで、彼と彼の陣営はオバマのことをテロリストとつながりがある、白人を敵視する司祭とつながりがある、リベラルすぎて危険すぎる人物だ、と口を極めて中傷していたのです。あるいは、あなたたちが自分で稼いだ富を奪ってそれを社会に再配分しようとする共産主義者だ、社会主義者だ、と。
舌の根も乾かぬ、そのどの口で、オバマを支持するなんて言えるのでしょうね。まあ、マケインが変節したのはいまに始まったことではなく大統領候補になってすぐに保守派のケツの穴を舐め始めてからでしたから、驚くに値しないでしょう。マケインは、あのまま共和党のマーヴェリックでいたらよかったのに、今回の選挙で、サラ・ペイリンを選んだその件も含め、ほんとうに「男」を落としました(共和党の人間への言葉ですからこの性差別的表現も使ってよいでしょう)。
対してオバマはどんどん立派になっていったように見えます。
TV討論会でもCMでも、マケイン側の口撃と挑発には乗らなかった。
個人攻撃というか終盤に入っての集中的な中傷はブッシュ政権のカール・ローブの手法です。
それを逆手に取って、自分をとても抑制の利く、思慮深く上品な、しかも理路整然とした人間だと証明するのに成功しました。
かくして彼は生きながらすべての善的なものの象徴になってしまっています。それも、米国内だけではなくケニアでも欧州でも日本でも、さらにはイラクやイランやパキスタンですら。
黒人初のアメリカ合州国大統領ということで、もし自分が失敗したら次の黒人大統領の芽さえも摘むことにもなる、という恐れすら彼にはのしかかるでしょう。しかし、だから彼が勝利宣言に「1年で、1期で何かを達成することはできないかもしれない」と言ったのではないでしょう。そのあとに、「しかし私はいつもあなたたちに正直でありたいと思う」と続けました。失敗の言い訳の布石を打っておく、のではなく、これはきっと本心だとわたしは思う。
オバマが大統領になって、困るのはブッシュ批判で飯を食っていた私のような物書きとか評論家とか、あるいはコメディアンたちでしょうね。あの可愛い娘たちを見ていたら、オバマはクリントンみたいに不倫をするような気配はまったくないでしょうし、そうするとローブ派の連中はいったいどんなワナを仕掛けてくるのか……。
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ところでカリフォルニアでは同性婚に住民投票がノーと判断しました。
52.5%対47.5%という票差でした。
そのグッタリ加減は今月20日に発売のバディ誌に書きましたので読んでください。
ただ、少しだけ言わせてもらえば
19歳〜29歳の投票者は61%までがNO(同性婚禁止に反対)に投票しました。
19歳〜24歳に絞るとさらに上がって64%です。
30歳代以上はいずれも過半数がYES(同性婚禁止に賛成)に投票しました。
背景は、リベラルのオバマ票を掘り起こせば起こすほど、保守的キリスト教徒である黒人票が増えてしまった、というネジレの結果です。
もっとも、そんなネジレがあっても5%ポイント差という数字だった。
じつは2000年に、カリフォルニアで同様の投票がありました。
そのときは、YESが61%、NOが39%でした。
そんなにグッタリする必要はないのかもしれません。
そう、時間の問題なのです。
もうすぐです。
サンフランシスコでは今夜、市庁舎前に数千人のゲイ・レズビアンたちが集まってキャンドルを灯しているそうです。