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February 25, 2009

「おくりびと」を見た

オフブロードウェイで上演中のミュージカル「アルターボーイズ」の台本と歌詞を翻訳したのですが、その公演のために日本に滞在中に「おくりびと」のアカデミー賞受賞がありました。アメリカでの公開はまだ先なので滞日中に見てしまおうと、さっそく受賞翌日の大混雑の映画館に出向いて見てきました。

なるほど受賞に相応しい、時に可笑しくも泣かせどころを知っている、じつによくできた映画でした。物語はオーケストラの解散で失職したチェロ奏者が妻とともに故郷に帰り、ひょんなことから求人広告の納棺師の職に間違って応募してしまうことから始まります。くすぐりや遊びも交えた小山薫堂の脚本で主役の本木雅弘はもちろん、山崎努もいい感じです。

日本のテレビや新聞は受賞後数日はその話題で持ち切りで、さまざまに受賞の理由を分析してもいました。納棺師という特殊な仕事を通しての日本人の死生観の描写や家族の再生の物語がアメリカ人審査員の琴線に触れたのは確かでしょう。ところがその前提として、5800人の審査員が同じようなアメリカのTVドラマを知っていたことが、「おくりびと」の印象に見事なコントラストを与えたのではないかと気づきました。

01年から05年にかけてアメリカで5シーズンにわたって人気を博した「シックス・フィート・アンダー」というドラマがありました。有料ケーブル局HBOで放送されていたいたこの番組のタイトルは、米国で棺を土葬する際に土を掘る、地下6フィート(約180cm)の深さのことを意味しています。毎回、冒頭で人が死ぬシーンから始まる1時間もののドラマで、その遺体は主人公の家業である葬儀屋に運び込まれるのです。

さまざまな商品見本の棺も並ぶロサンゼルス郊外のその葬儀屋の名は「フィッシャー&サンズ」(フィッシャーとその息子たち)。そこの家族たちの物語を描いたこのドラマにはヒスパニック系の遺体整復師も登場し、「おくりびと」同様に死者の顔に化粧をしてやったりもします。

つまり、背景となる舞台設定は「おくりびと」とほとんど同じなのです。ところが何が違うかというと、「シックス・フィート・アンダー」はそのフィッシャー家の人びとの浮気や不和や病気や死など、家族の機能不全と崩壊とを描いているのに対し、「おくりびと」は死を通じた家族の再生を描いてあくまでもやさしく温かい。ベクトルが逆なんですね。

この後者を見たときの人心地は、前者の存在を知っているアメリカ人の審査員たちにはすばらしく際立った、別の地平の癒しだったに違いありません。

オスカーの受賞作はいつもその時代の、その年の、雰囲気やら匂いみたいなものを反映しています。機能不全の高度金融資本主義社会、機能不全の地球環境、機能不全の家族。そうした重苦しさからの脱却と再生を謳うオバマ政権の誕生を背景に、アメリカ人はいま、あえて理念と理想を見ようとしているように思えます。「おくりびと」はまさにそこを衝いた。本命だったとされるイスラエル制作のレバノン戦争の映画をかわしたのは、そのせいだったんじゃないのか?

それは、インドのスラム街からの脱出と希望を描いて作品賞や監督賞など8冠に輝いた「スラムドッグ・ミリオネア」や、傑出した実在のゲイの政治家ハーヴィー・ミルクを描いた「ミルク」の主演男優賞と脚本賞の受賞にも如実に現れているように思えるのです。

February 05, 2009

アルターボーイズ

このところすっかりブログを更新せずになってました。
なんというか、多忙というほどでもないんだけれど、わたわたと気ぜわしいというか、気乗りがしないというか、だいたい、これとは別の「脂肪肝」ブログもなんだかねえ、どこのレストランに行っても、なんだかみんな同じだなあって感じが付いて回ってすっかりやる気がそげている状態です。

で、じつはいま東京にいます。
オフブロードウェイの人気ポップミュージカル「アルターボーイズ」というのをわたしが翻訳し、歌詞も当てはめ、すべてを日本語の台本にして、この10日から新宿FACEというところで公演するのです。18公演あります。おかげさまでチケットはだいたいはけてしまいました。

そんでこないだからその稽古場がよいをしているのです。
というのも、全12曲ある歌の歌詞がうまくメロディーにはまっているか、セリフが噛み合っているか、いいづらくはないか、これらはやはり現場で動いている俳優たちを見ながらでないと修正できないので、それをやっているのですね。

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登場人物は5人。カソリックの教会の、神の愛を伝えるボーイバンドが日本にもやってきて、コンサート会場のファンたちの迷える魂を浄化する、という設定です。この5人がそのボーイバンドのメンバーというわけです。

不勉強にしてわたし、この5人の俳優というかダンサーというか歌手というか、知っていたのは田中ロウマくんだけでした。リーダー役のマシューには東山義久くん、マーク役に中河内雅貴くん、ルーク役に田中ロウマくん、フアン(Juan)役に植木豪くん、そしてなぜかユダヤ人のアブラハム役に良知真次くんです。

で、こんなに大量のセリフと歌と踊りがあるのに、この5人の日本の若者たちは通常の演劇の準備期間と同じ1カ月の稽古(主催のニッポン放送がタカをくくってたんでしょう)で本番に臨むという、過酷な試練に現在へろへろながらも意気軒昂です。しかしすごい子たちなんだ、これが。

一昨日、初の通し稽古2回。
2回目は衣装やマイクなどを着けての本番さながらのもの。
2回は体力的にだって相当きつい。
なのにそれからセリフと歌と仕草とダンスのダメ出しで夜は10時にもなる。

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2回目の通しで、アブちゃん役の良知真次くんは最後に涙を流しながらセリフを言い、そのセリフを書いた私を泣かせました。うーん、物書き冥利に尽きる。
良知くんっていったい何者? と思ってグーグルしたら、いろいろホームページとかあるんですね。でも、この子は写真に写っている姿形より実物が100倍いい。オンラインにある写真の彼とはぜんぜん違う。その実物のよさをアピールできたら、彼は今後どんどん人気が出て来るんじゃないだろうかって思います。

マーク役の中河内くんはこれまたじつに面白い役者です。ちょいと訳ありな役どころなんですが、きちんと自分の個性の上にその役を載せようとしている。いまどきの男の子の、その「いまどき」な感じが、ステレオタイプに陥っているNY版のマークよりずっといい。キャラが立ってるっていうのですかね。なにより歌も踊りもすごく頑張っているのが、「いまどき」感とのギャップになってじつに興味深いのです。

フアン役の植木豪くんは、見事としか言いようのない体の動きでステージを支えています。演技はもちろんうまいし。5人の中でいちばん年上だというんですが、ときどき10代の男の子に見えたりする不思議な淡さがあるんですね。きっと性格がいいんだろうな。目が合うとニコッとして、おじさんはそういうのにも感動しています。しかし、あんなすごいダンスで、ケガしないかとわたしは気が気じゃありません。本人はいたって平常心なんですが。

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田中ロウマくんは「レント」に続いての(ほぼ休みなしでの)ミュージカルで、さすがな歌を披露してくれます。というか、ソロの部分はもちろん、バックコーラスが彼の存在によって堅固になっている。ありがたいことです。「レント」の時にも指摘したんだけれど、セリフ回しに彼の素の部分が入ってきて、それはアマチュアリスティックな要素ではあるんだけど、彼の場合はなにかそれがとてもいいんだね。これも植木くんと同じく彼自身の性格の素直さなんだと思う。

東山義久くんはこのボーイズバンドのリーダー役です。じっさい、稽古でもみんなにリーダーと呼ばれていて、現実に歌よし踊りよしのオールマイティなプレイヤー。グループのみんなに代わって演出や制作にいろいろ逆提案したりして、それもこれも彼のこれまでの経験がきちんと血肉となっているからなんでしょう。植木くんとはまたひとあじ違うとてもキレの良い踊りと、このミュージカルで最もセリフが多く最も重要な舞台回しを、しっかりとこなしています。プロだねえ。NY版のマシューより色気もあって、彼が日本版のアルターボーイズ全体の日本らしさを支えています。

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この5人、そしてなにより仲が良い。東山くんはみんなへのダメ出し役も買って出ているが、ほかの4人はそれを真剣に聞いているし、そうじゃないときはみんなでじゃれ合ってて、稽古場の雰囲気がすごくいいですね。

さあ、昨日からはバンドが入っての実際の音合わせに移りました。
こまかい遊びやおかずがこれから付け加えられていく。
本番まで、もうあまり時間がなくて、5人の疲労もピークだろうけど、これはなかなかいいステージになりそうです。