我慢のチキンレース
そりゃあミサイルが降ってくるとなれば誰だって慌てます。しかしもしそうだとしたら、そのときに為政者が準備すべきは、1つは落下あるいは攻撃地点の被害の予防と事後の救助、そしていま1つはミサイルを射った国との戦争です。
ところが日本政府はどうもその1つも真剣には準備していないようでした。迎撃用ミサイルは配備しましたが、「当たるわけない」と発言する高官までいてどこまで本気だったのか。というかそもそもこれが日本を狙っての「ミサイル」だったとはだれも信じてなかったんでしょう。つまり、この件はどこまで大変なことだったのか? 本当はそう大したことではなかったんじゃないのか?
日本のメディアはものすごい騒ぎでした。おまけに政府は発射の誤認と誤報騒ぎを2度まで起こして、私なんぞはこれでアジア各国に「日本はこれほどに平和国家。あなたの国を侵略する意図なんぞ微塵もありません」と宣伝する最高の材料だったと、いや冗談ではなく真面目にそう思いました。これこそが軍事に走る北朝鮮や中国に対する見事なアンチテーゼだと開き直ることです。
ところで北朝鮮という国の行動パタンはいつも決まっています。数年に1度、軍事的脅威で挑発して、国際社会がその暴走を止めようとさまざまな懐柔の餌を投げ与えてくるのを画策する。
今回のミサイルも、そもそも94年に問題となった核弾頭の原料となり得るプルトニウム生成の黒鉛減速炉から引き続くものです。このときのクリントン政権は北朝鮮の爆撃も検討しましたが、結局は特使のカーター元大統領が当時の金日成と会って代替の軽水炉を無償で建設してやるということになったのです。
とはいえ、それも何度もウラン濃縮計画を口にしたり黒鉛減速炉を再開したり、果ては国際原子力機関を脱退したり次には核拡散防止条約から脱退したり核兵器保有宣言をしたりで、軽水炉事業はついに05年11月に中止になりました。で、06年には核実験の強行です。
この一連の動きの中に今回のミサイル、というかロケットですわね、その発射があった。これは人工衛星だろうがなかろうが、テポドンの精度と射程が改善したことを国際的に見せびらかすためのものでした。おまけに北朝鮮は9日に最高人民会議、15日に故金日成の誕生日、25日には朝鮮人民軍の創設記念日を迎えます。これらを前に、金正日の健康不安で国内的な示威も必要でした。
つまり、今回のロケットでは北朝鮮としても切り離しの1段目ブースターなどを下手に日本本土に落とすわけには絶対にいかなかったのです。そんなことになったら本来の挑発・かく乱の意味がぶっ飛んでマジで大変なことになってしまいますから。日本政府中枢だってそのくらいは読んでいたでしょう。
ですので問題は今回ではない。次なのです。北朝鮮はしばらくは国内イベントで忙しいが、その後にどう動いてくるか? 弾道ミサイルの開発は今後、たしかに急速に進むでしょうから。
日本では早くも自民党の政治家から「北が核ミサイルなら日本も核武装すべき」という声が出ています。オバマが核軍縮に向けて米国の具体的な行動を宣言している時に日本が核兵器を持って何をしようというのか? 核兵器を持つこと、保管することは実際には技術的にとても難しいので、そんな一朝一夕に配備できるなんてことはまったくありませんからこれはブラフあるいは無知な発言なんですけれど、しかしそれにしてもそういう心情を吐露できてしまう野卑な政治状況というのはますます深化するかもしれません。
冒頭にも書きましたが、しかし政治家がまずは準備すべき被害の予防の最大のものとは、まさにそんな戦争をしたたかに事前回避することなんですね。そして上記のような短絡的な政治家の勇ましさは往々にそこに生きるわたしたち無辜の命を忘れがちなのです。それは北朝鮮政府と同じくらい始末が悪い。
で、戦争を回避するにはどうすべきか?
それはいまのところ、挑発には絶対に乗らない、ということしかないんだと思います。相手のチキンレースを受ける必要はまったくありません。メディアも、視聴率狙いでけたたましい番組や記事は作らんことです。もっとおとなになりましょうよ。だってこれは国家の安全保障にかかわることですもの。命がかかってる。ぎゃーぎゃー騒ぐやつは一番先に撃たれるんです。
表向きは騒がず、ときには無視もする。そして水面下で米韓と協調して探り合いを続ける。
でもね、最終的には北の体制を変えることしかないんだろうなあとは、みんなわかってるんだと思います。さてそれを、どうやるかですわ。知られないようにね。