東京地検特捜部の衰退
あれはいったい何だったんでしょう?
小沢の公設第一秘書の起訴から1カ月が経とうとしています。で、なにも起こらない。二階の逮捕もどこに行っちゃったんだ?
当初、だれもが「特捜部は最終的にはトンネル献金による斡旋利得処罰法での立件を目指している。そうじゃなければやらない」と思っていました。でもそんな気配はありません。東京地検特捜部というのは、私の取材していたころとは様変わりして虎の威を借るなんとかに成り下がったのでしょうか? ほんとに政治資金規正法での起訴だけなのか? うそでしょ? ほんとだとしたら、なんでそんなバカみたいな先走りを見せちゃったわけですか? 泣く子も黙る東京地検特捜部までがいま悪しき官僚制度の頭でっかちな世間知らずのボンボンで占められちゃってるのかしら?
当初、政治資金規正法違反という逮捕容疑が起訴の時点でも同じ罪状ならそれは検察の敗北だ、といろんな政治評論家がかまびすしく語っていました。そこにはもちろん「次は斡旋収賄で小沢本人だ」という“読み”があったからで、それこそがこれまでの特捜部のやり方だったからです。それがこの尻すぼみ……。
にもかかわらず、いま現在も小沢に自ら辞任決断をと迫る論調が続いています。その理由の最大のものは、「記者会見での小沢代表の説明では納得できないという世論が圧倒的だ」、というものです。
でもこれはおかしい。ちょっと考えてみると、この間の国民の小沢への疑問は、新聞やテレビで垂れ流された数多くの検察リーク情報を基にしています。たとえば東北で接待的な権力を誇るとされる小沢陣営の公共事業口利き「天の声」っていう話、陸山会のおかしな不動産取得のこと、西松建設への献金方法を具体的に指南したのは小沢の秘書だという話、小沢に献金しなければ村八分に合うという業者の話……等々。これらはすべて検察が立件を捨てたゴミ情報ですよ。しかし今回は検察回りの記者たちがさんざん書き散らした。とくにNHKと朝日がひどかったですね。NHKも朝日も、いやしかしどうでもいい話をよくもまあ。秘書が容疑を認めたって話は、どこに行ったんでしょう? そうやって世論の小沢イメージは形成されていったのです。
新聞記者仲間ではこういうのを「書き得」と呼びます。検察回り、警察回り、国税回り、そういう摘発関連の記者たちは夜ごと捜査当局を回っていろんな話を聞いてきます。で、立件できるほど証拠もないし筋が悪いさまざまな情報が日々、どんどんたまっていく。苦労して時間を使って集めたのに書けないわけですね。そういうのを、関連の摘発があるとどさくさにまぎれてここぞとばかりに吐き出すのです。まあ、つなぎの紙面を埋めるための記事も必要ですし、デスクは朝刊、夕刊、テレビの場合は朝のニュース昼のニュース、夜のニュースでなにかないか、面白い話はないかってうるさくせっつくわけですから、それにも応えられてちょうどいいわけです。つまり、報われなかった夜討ち朝駆けの苦労もこの吐き出しでカタルシスを迎えられるのです。
今回は、そういうゴミ情報を基に国民はなんだかわからない「疑惑」の印象を小沢に抱くようになった。というか、もしこれが国策捜査ならば、まさに自民党の思うつぼです。べつに小沢が逮捕されなくたっていい。似たような状況がメディアスクラムで作られてしまっている。
さて、問題はそこです。「会見での小沢説明では納得できない」という世論が圧倒的。これ、そもそも納得できるはずがないのです。なぜなら、小沢は、秘書の政治献金規正法の罪状だけではなく、じつはそれ以外に有象無象に垂れ流されたゴミ情報にまみれてしまっているの。そんなもの、いくら時間があっても説明なんかできるもんじゃない。あるいは説明する、釈明する義理だってないわけです。だって、立件されてない、裏のない話なんですから。おまけに秘書の罪状はトンネル献金だけです。その罪状さえ否認しているので、小沢としても公的には釈明のしようがない。せいぜい「世間を騒がせて申し訳ない」ということでしかない。それ以上謝ったら秘書の公判にまで影響が出てしまうからです。
これが「小沢の説明は納得いかない」のメカニズムです。「疑惑」を釈明すれば疑惑の存在を認めることにもなるから触れることもできない。だからどうしたって説明不足の印象だけが残る。そういう結論。一流の識者までがそのメカニズムを理解せずに「説明責任を果たしていない」と批判するのは的外れです。異様に企業献金が多い、というのだって、そういうシステムの中での集金マシンとしてのボス政治家像の好悪の問題です。企業献金が違法となっていない現行の司法制度の中では、それが多すぎるとしても罷免に値するものではないでしょう。
いや、私は、小沢に「辞めるな」と言っているわけではありません。
むしろ辞めた方が現状では政権交代に近いかもしれない。
しかし、これで辞めたら、何かが違うと思っているのです。
そうして小沢・民主党人気は沈没したままです。小沢沈没と同時に麻生内閣の支持率がまんまと回復しています。タイミングもよいことに日本では定額給付金の支給手続きも始まりました。高速道路の値引きもそうですが、選挙を前にしてこういうのは票をカネで買っているのとどう違うのか? もちろんそのカネはじつは自分のカネが戻っているだけというごまかしなのですが、政権政党とはこういう“不正”もレトリックという名のトリックでやり遂げられるのです。
だから私のこの文章は、敢えて小沢に甘いバイアスをかけて書いてます。私だって小沢には聞きたいことがたくさんあるし、政治家としてそういった、たとえ裏のない疑惑にでも答える責任はあると思いますよ。しかしそれ以上に、今回は麻生政権の問題と疑惑のほうが重篤だと思うからです。たとえばこう考えてみてください。政治資金規正法犯罪という形式犯罪で、小沢の秘書が通常のように(逮捕されずに)在宅で起訴されていたら、検察担当メディアがやいのやいの書き散らしたゴミ情報は出てこなかった。そうしたら麻生政権はいままで保っていたかどうか? 今回の秘書逮捕と起訴と、その間のメディアへの検察リークはまさに世論操作です。その証拠が麻生政権の支持率回復ですもの。そう、小沢が辞めたら、それは世論操作によって辞めることになる、という異和感です。
まあ、そんなこといまさら言ってもしょうがないのはしょうがない。世間は小沢にそういう印象を持つようにしむけられてしまったんだから。
ただね、そんなバイアスもなにもなく、客観的に見て麻生の残す日本の未来は大変だと思います。だって、この分じゃあ政権交代しても、民主党に残されているのは莫大な借金の後始末だけだっていうのは、私にはまぎれもない客観的事実だと思われるのですよ。
高速道路の値下げだって民主党が言ったときにゃそんなものは将来に禍根を残す天下の愚策だと切り捨てたのに、自分たちがそのアイディアをパクったときにはこれで消費行動に結びつくですもんね。金をばらまくだけばらまいて、さて、選挙がそろそろうごめき出しているようです。
まったくね、ものすごい権力闘争が、こうやって「あれはなんだったんでしょうね」ということになっちゃったんですね。