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モスク建設騒動の正体

9.11で崩落した世界貿易センター跡地の2ブロック北の通りにイスラム教のモスク付きコミュニティセンターを建設する動きが表沙汰になったのはこの5月のことでした。それからまたぞろかまびすしくイスラム嫌悪症が表面化しています。とはいえよく調べると「そんな場所によくも」と気色ばんでいるのはよそに住んでいる人たちのようで、伝えられる全米調査での70%の反対に対し、当地マンハッタンでは36%の人しか反対していません(クィニピアク大調査)。もっともこれは6月末の時点での調査ですから、それ以来のメディアの報じ方次第で少し数字は変わっているかもしれません。ただ、NYのメディアは比較的冷静かつ論理的に報じていて、街頭でカメラに応える人たちもいたって寛容です。

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【扇型の窓のあるビルを取り壊して13階建てのモスク付きコミュニティセンターが出来る。来年のWTCテロ10周年の9.11に竣工というのも反対者の神経を刺激している要因の1つ。これは8/17日に撮影した写真。この時にも地元NYのテレビ局などがお昼のニュース用に中継車とリポーターを待機させていた】

モスクを計画するのは「コルドバ・イニシアティヴ」という6年前に出来た団体で、かつてイスラム、ユダヤ、キリスト教の3者が平和共存していたスペインのコルドバの名にちなみます。イスラム教社会と西側社会の友好的な橋渡しを行うことを趣旨とし、このコミュニティセンターの中にはイスラム教徒以外も利用できるカフェやプール、芸術センターも作る予定とか。そもそもその前身のイスラム団体がたまたま世界貿易センターの近くだったので、今回もまた近くにモスクをということでした。というかさらにもっと積極的に、9.11テロへの直截的な批判の表明として敢えてこの地を選んだそうです。
 
イスラム教徒の人口は米国でも徐々に増えていて、いまは成人では150万人ほどいるといわれます。アメリカの総人口は3億人ほどなのでまだ微々たる数字(0.7%くらい)ですが、これは20年前の3倍の数字で、しかも都市部に集中しているので、大都市圏でのモスクの建設も必要となっているわけです。でも9.11以降イスラム教への風当たりが厳しいのは確かです。同じニューヨーク市内の他の場所、ブルックリンとかスタッテン島とかでもモスク建設反対運動が表面化しています。

しかし一方でニューヨーカーというのは自分たちこそ自由の担い手だという気概も持っていて、他文化・他宗教への敬意も「政治的な正しさ」として持つべきだと考える人も多い。そういうのを意地でも理解してやる、理解しないのは野蛮人だ、みたいな強迫観念めいた信念というか傾向もあって、たとえばさまざまな分野の日本文化を世界で最初にニューヨーカーたちが注目したのもそうした傾向のおかげなんですね。先の調査でもイスラム教に関し「本流のイスラム教は平和的な宗教だと信じている」と答えた人はNY市内全体では55%もいて、モスク建設反対にもなかなか複雑な葛藤があることが窺えます。

そんな中、オバマ大統領がホワイトハウスでのイスラム教指導者を招いた恒例の夕食会で、憲法での宗教の自由を掲げてモスク建設に賛同を表明し、翌日にそれを「一般論だ」と言い訳する事態も起きました。でもたしかに夕食会ではグラウンドゼロのその場所という言い方をしてたんで、「一般論」じゃないと受け止められたのは当然なんだけど、中間選挙を3カ月後に控え、反対論の多いモスク建設に触れることは政治的にあまり賢明とは言えないと軌道修正したのです。日本の民主党の菅政権ほどではないですが、未曾有の財政危機、泥沼化するアフガン戦争と難問山積のオバマ政権も最近は(というか最初からそのケがあったのですが)、保守・革新両方に目配せをするあまりどこにもブレイクスルーが見出せない凡庸な政府に成り下がっています。

このモスク建設問題で、みんな忘れがちなことがあります。
それは、あの9.11の3000人近い犠牲者の中には多くイスラム教徒の人たちも含まれていたという事実です。

彼らの遺族もあのテロに怒っている。その憤怒を平和への祈りに変える場として、現場近くにモスクを持つことの何がいけないのか。イスラム教とテロとを直接結びつけてはいけないことは頭ではわかっていても、生理的にまだまだ抵抗があるということなんでしょうが、そういう人たちを折伏するのは信教の自由だとか表現の自由だとかの文字面のお題目ではなくて、やはり生理に訴えるしかありません。そのためにはあのテロで殺され、そして遺族にも関わらず周辺住民から白い目で見られている米国内のイスラム教徒の遺族をもっと紹介することです。その存在にもっと多くの人が気づけばいいのにと思います。

私も日本語のダイジェスト版の制作を手伝っているエイミー・グッドマンらが主宰する独立系ニュースメディア「デモクラシー・ナウ!」がこの問題を取り上げています。以下のリンクに日本語で概略が紹介されています。さらにその見出しをクリックすれば英語のオリジナルのサイトでの詳報に飛べます。

「わが米国のことが心配です」: ムスリム指導者全米のモスク建設反対を語る

NYのイスラム教コミュニティセンター建設問題 共和党と同調して数人の民主党トップが反対 関係者座談会


もっとも、宗教というものにあまり信を置いていない私としてはこの件に関してFoxの人気テレビ番組のゲイのホストが「このモスクが完成した暁には、隣にゲイバーを開く」と表明したのが面白かった。このモスクを挟んで睨み合いとなりそうなイスラム教とキリスト教右派。そこに両方から忌避されているゲイバーを開く。イスラム教、キリスト教、どちらが本当に友好的、平和的なのか、ゲイバーを作ってみればすぐにわかる、というわけです。なんせ、いまも石打ちで女性やゲイたちを死刑にする因習が残るという事実は、誰が何と言ってもそれら宗教と関係していないわけがないのですから。

ゲイというものを置いてみると、このモスク問題の底に、他者=異なる人たちへの紋切り型の人間理解と差別の問題があるということが、はからずも浮かび上がるのです。偽善の仮面を剥ぐのに、ゲイという異化装置はけっこう使えますよ。

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