東京にて②
地震発生直後の週末はべつに買いだめなどパニックの兆候はありませんでした。それが週明けの月曜、14日あたりからスーパーではカップ麺やお米、牛乳の棚などに空きが目立ち始め、それはいまトイレットペーパーや納豆、パンなどに広がっています。
きっかけはツイッターでのつぶやきだったとか言われていますが、よくわかりません。実際に買い物に行って在庫の薄い店内を見ると「ああ、なんか買わなくちゃ」という気持ちに駆られます。テレビで他のスーパーでも売り切れ続出と見せられるといくらキャスターが「品物はあります。心配しないで」と言っても心が騒ぎます。
私の東京のアパートは四谷三丁目ですが、いつも賑やかな新宿通りはコンビニやスーパーなどの看板も節電で消され、開いている店内も奥半分しか蛍光灯が点けられていないので夜は薄暗くまるで違う場所みたい。人通りもまばらで、とても魅力的な飲食店街である杉大門通りも閑古鳥が鳴いています。これでは各地で3月の決算期を乗り切れない個人店が続出するかもしれません。
映画館も午後6時で閉館。演劇やコンサート、バレエ、イベントなどの興行も軒並み中止。私の母親が楽しみにしていた5月初めの「東アジア・ロシアをめぐる11日間クルーズ」も、いま彼女から嘆きの電話があったのですが、使用する外国船が放射能が怖いとかで日本への寄港を回避することに決定、急きょ中止になっちゃったそう。どこに停泊する予定だったのかと聞くと、長崎と室蘭ですって。関係ないでしょうにねえ。
「風評」被害はこれから国外からもやってくるでしょう。復興支援の輪は海外でも拡大するでしょうが、それ以上に日本への観光客は激減するでしょうし、魚介類を含め日本の産品がどう扱われるかも気になるところです。
もちろんその原因は原発にあります。東京電力はこの事故の直前まで妻夫木聡くんを起用した「オール電化」のCMを大量に流していました。そのすべては止めたり動かしたりを容易にできない原子炉から生まれる昼夜を問わぬ電力を消費させるためでした。民主党も自民党も「クリーンな電力」としての原発を推進してきました。それらの行き着いたところがこんな大惨事でした。
今後、原発行政は世界中で後退するでしょう。それは被災地だけでなく、 日本全体の国のあり方も変えるきっかけになるほどのものです。いやむしろ、これを力に変えるための第一歩を踏み出さねばなりません。なぜなら次にはすぐに、東海・東南海大地震が迫っているからです。
余震、節電、列車の運休と状況が違うので一概には言えませんが、9.11のとき、生き延びた私たちはとにかく早く「普通の生活」に戻ろうと声を掛け合いました。ブロードウェイも敢えて直ぐに再開しました。それが無差別テロに対するニューヨーカー一般の唯一の抗議の方法だったからです。
この大震災の復興の第一歩もまた、敢えて懸命に「普通の生活」をしようとすることだと思います。普通に生活をするということは普通の経済活動を取り戻すことです。それが税金になり、国の力になります。今後避難してくる多くの被災者の方々を受け入れる受け皿が「普通の生活」なのです。
もっとも、原発事故を機に、しらみつぶしに夜から闇をなくしてきた日本の大都会の「普通」の照明のあり方は、考え直した方がいいですね。夜は夜の暗さを楽しむもの。それもNYに暮らして学んだ1つです。