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ビン・ラーデンの「死」

タイムズ・スクエアもグラウンド・ゼロもホワイトハウス前も数百人、数千人の人たちの歓声と「USA! USA!」の連呼で埋まりました。2日朝のトーク番組も「ジョイアス・デイ(歓喜の日)が明けました」と始める司会者がいました。CNNも「アメリカ人が最も望んでいたことが起きた」と言うし、NYポストは例によって「GOT HIM!」です。ひどかったのはフォックス・ニュースが(ドサクサに紛れて?)オサマじゃなくて「オバマ・ビン・ラーデン殺害」とやって相変わらずだったこと。まあ、イラクの位置をエジプトと間違えたり、日本の核施設にShibuya Eggmanを含めたりという放送局ですからね。

ところでこの狂喜のさまには見覚えがあります。湾岸戦争の時もイラク侵攻の時も、同じ種類の歓呼が起きました。アメリカ中が星条旗で溢れ、当時の両ブッシュ大統領の支持率も80%とかに跳ね上がりました。その他の声は掻き消されるか、あるいはもともと存在さえしないかのように思えました。

日本でもこんな狂騒ばかりが報道されているせいでしょう。「人を殺しておいてこんなに喜ぶなんてアメリカ人って信じられない」という反応が数多く見られます。

ただ、そういう人は日本にも、おそらくきっと同じくらいいる。日本にもこういうときに熱狂して国旗を振り回す人は少なくないはずです。そうして、こういうときはそういう人たちの国名の連呼の方が大きく聞こえるし、メディアもそういう人たちの声の方が伝えやすい。いまアメリカから見えているのはそういう部分です。

こういうときに「まだ容疑者だったのだから殺害せずに取り調べるべきだった」とか「アメリカって野蛮だ」とかと言うと、それこそ空気が読めないヤツということになりましょう。だからそういう内省的な声はいま、鳴りを潜めている。いつもこうでした。でも、アメリカにはそういう声が聞こえはじめる時が必ず来る。この国はそんな2つがせめぎあう国なのです。だいたいイラク戦争にだっていまでは50%以上が反対しているのです。そういう声はメディアでは大きく取り上げられませんが。

印象的な写真があります。NYタイムズが2日未明にツイッターで紹介していたものです。グラウンド・ゼロに集まって熱狂する人ごみから1人離れて、消防士なんでしょうか、FDNYと書いてあるTシャツを着た男性が金網にしがみついて泣いている写真でした。

9.11の後、遺族や343人もの同僚を失ったFDNYの消防士たちを取材して、仇討ちの成就に対するある種の歓喜はわからなくもないのです。しかしそれをわかった上で、空気を読めないからではなく読んでいるからこそ、仇討ちでは解決しないものがあると言わなくてはならない。個人の死は等しく悲しいと言わねばなりません。

そう思うんだ、と言ったら、アメリカ人の友人から次のような引用がメールで送られてきました。

"no problem can be solved with the same kind of thinking that created it"
-albert einstein

「いかなる問題も、それを生み出したと同じ種類の思考によっては解決に至らない」
 ──アルバート・アインシュタイン

ところで、ジョージ・W・ブッシュが9.11直後の10年前に言ってたことですが、「ビン・ラーデンというのはネットワークの代表者の名前だ」という事実は、ブッシュにしてはよいところをついたものでした。ビン・ラーデンは死にません。なぜならそれは概念の名前であり、個人の殺害とは無関係なのです。そう、だからこそCIAは殺害後すぐに彼を海の中に葬った(と発表した)のです。イスラム教もキリスト教も同じなのですが、とにかく聖遺物があるとそこが聖地になる。彼を殉教者として祀らせない、聖地を作らせない、それが水葬の意味でした。まあそれも、同じ種類の思考方法の中の、手当に過ぎませんが。

殺害の成功を報告する1日深夜の10分ほどのオバマの大統領会見は、9.11の回顧からこの10年をなぞって「私たちは1つのアメリカの家族として団結した」と総括しました。全体を貫く「アメリカ的なものを守った」というトーンは、もちろん来年の大統領選挙を見つめたものでもありました。

オバマの支持率はこれで少し回復するでしょう。とりわけ、7月に予定していたアフガン撤退が、ビン・ラーデンの殺害という一区切りを得ながら着手できるということは大きい。さらに、これで巨大な財政赤字の元凶である軍事費の削減にも手をつけられます。おまけに今年の9.11の10周年には、オバマはヒーローとして登場することになるはずですから。なにかと批判の多いリビア攻撃にも、これで「任せておけ」という雰囲気ができるかもしれません。なにより、ビン・ラーデン殺害を喜んでいるのは、かつてオバマを支持し、しかしいっこうに好転しない就職事情や政治状況に悲観的になってオバマ離れをしていた若者たちにも多いのですから、彼らのオバマ回帰が始まるかもしれないのです。

オバマもまた、彼を取り巻く人々によって作り上げられた大統領です。つまり、ビン・ラーデンの殺害をも選挙に利用するネットワークの代表者の名前でもあるのです。

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