モヤモヤの向かう先
とにかくなんだか楽しいのです。サマーキャンプとか昔のウッドストックとかのノリです。日中はひっきりなしに音楽をやっているし、公園中央では寄付されたBBQチキンやビザやサラダやリンゴやチョコバーなどをビュッフェ形式で無料配布しています。体がなまればヨガを教えてくれたり、別の一角ではずらっと古本が並べられて段ボール紙に手書きでライブラリーとあります。
ヨガやコンサートなどのアトラクションも用意されている
あちこちで演説をしている人もいます。でも拡声器の使用が禁止されているので周囲の人がその人の言った言葉を繰り返し、それがだんだん外側へとウェーブのように伝搬される人間拡声器のシステムを作り上げてしまいました。面白いでしょ? 夜にはその人間拡声器で総会が開かれ、みんなで次のデモの日程を決めたりします。自分の意見を言いたい人はそのときにも発言できます。次の行動の情報をツイッターなどで世界中に伝えるチームや、メディア班や医療班、清掃班まで組織されています。生ゴミをコンポストで堆肥にしようという声も上がり、それを実践するチームが環境保護派を軸に編成されもしています。
この「ウォール街を占拠しよう」運動に、わが国の総領事館が「ウオール街及びその周辺への不要不急な訪問は避ける」とのお達しを出していますが、アメリカを知るなら、私はこれは不要不急な訪問、つまり御用とお急ぎのない人こそぜひあそこ、ズコッティ公園まで出向いて見といた方がよいと思います。
たしかに何をどうしろと言うのか今ひとつ判然としないところがあります。「1%の人間が99%の私たちを支配している」というのがスローガンの1つ。確かに米国では上位1%の富裕層がこの国の富の25%をも独占しています。貧困は6人に1人にまで拡大し、20~24歳の失業率は15%近い。学費が毎年4万ドルもかかるのに、大学を卒業しても就職できずにローンだけが残るのです。そういった格差社会への抗議なのですが、そこには反戦のプラカードも環境保護や国民医療保険の訴えもあります。
50年平和運動をやっているという「Granny Peace Brigade(おばあちゃん平和旅団)」のジョーン・ブルームさん(72)は「昔はベトナムとか問題は1つに絞れたのに、今はいろんな問題がぜんぶ複雑に絡んでいて、そのすべての根源がウォール街ってことなのかしらね」と話してくれましたが、その指摘はけっこう当たっているかもしれません。高度の金融支配に対する漠たるながらも明確な異議申し立て。諸悪の根源はわかっているのに、それを具体的にどうすればよいか誰もその手だてがわからないほどに入り組んだ世界。となりでキャロル・ヒューストンさん(80)が「アラブの春がなにかできたんだから、あたしたちにだってなにかできるわよ」と明るく笑っていましたけれど。
おばあちゃん平和旅団のジョーンさん(左)とキャロルさんも公園に日参中
思い思いの手書きのプラカードが並ぶ
地方から集まった人たちはそうして300人ほどが野営を続け、家のあるニューヨーカーたちは日々の仕事を終えてから集まったりして、夕刻の公園人口は1000人近くに増えています。
彼らの大部分は明らかにリベラル派です。3年前の大統領選挙ではオバマさんの「チェンジ」の掛け声を支持していた人たちです。しかしこの3年でよい方向にチェンジしたことはあまりない。それどころかサブプライムローンの破綻からリーマンショックに至った後でオバマ大統領が行ったことは、ブッシュ政権のやり方を踏襲した、累計で1900億ドル以上、当時のレートで17兆円以上にもなった金融機関に対する公的資金の注入と救済の継続でした。しかもその間にも金融界は巨額のボーナスをトップに支払っていたのです(契約上、それを支払う以外になかったのですが、そんな契約が世間に理解されるはずはありません)。米国のCEOの平均年俸は一般社員の475倍です。ちなみに日本は11倍ほどですが。
これはとても難しい問題です。ゴールドマン・サックス、バンカメ、AIG……それらを潰すことは大変な社会的打撃をもたらすことになる。Too big to fail. リーマンは潰しましたが(そういえば北海道拓殖銀行もそうでした)、それ以上はまずい。これは究極の選択です。でもそれを許すと、彼らは巨大であることを担保に、ますます巨大になれるのだということです。どちらに転んでもやばい話です。でも、日本の戦後のあの農地解放の時はどうだったのでしょう? 大地主を廃止し、農地を小作農たちに解放した。あのドラスティックな農地改革と、大金融資本の解体とを比較することが間違っているのかどうか、私にはわかりません。でも、できないことではないんじゃないかと思うのです。財閥解体のときはどうだったんでしょう? もっとも、一国だけそういう巨大金融企業を解体したところで、ただその国の国際競争力が弱くなって他国の食い物になるだけの話なのは素人アタマでもわかります。だから解体も出来ない。
ユナイテッド・コーポレーションズ・オブ・アメリカ
アフガン戦争も泥沼、パレスチナ問題では国連の国家承認に拒否権を行使すると表明、オサマ・ビンラーデンやアウラキ師の殺害の超法規性……リベラル派にはいま、オバマさんのカッコいい言辞と実際の行動とがどうもマッチしないことに苛立ちが募っています。このままでは来年の大統領選挙で素直にオバマ再選に動けない。私には、そのどうにもモヤモヤした政治的な衝動が、保守派のティーパーティー運動に対抗する形でこの野営に結集しているような気がするのです。
オバマさんの再選はひとえに、この運動のエネルギーをうまく再度自陣に引き寄せられるかどうかにかかっていると思います。
高校生たちもやってきた。「宿題があるから毎日は来れないけど、ここに来ていろんなことを学びたい」とパトリックくん(16)=右端