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バベルの日本

2月の帰米の飛行機の中で、メジャーの貧乏球団オークランド・アスレチックスがいかにしてプレーオフ常連チームになったかを描いた「マネーボール」という映画を見ました。日本語の吹き替え版で、最後近くで主演のブラッド・ピットが「野球にはやっぱりロマンがあるな」と呟く場面があります。なかなか泣かせる場面なのですが、こちらに戻ってから、はてさてあれはところで、どういう意味だったのだろうと気になってきました。

「野球にはロマンがある」──ロマンという言葉を聞くと私たちはついつい条件反射のように深くうなづいてしまうけれど、でもいったいどういう意味なんだ? 「夢」「憧れ」? おまけに「男のロマン」とは言うが「女のロマン」とはなかなか言わないと来ると余計わからなくなる。そもそも「男のロマン」ってのも何なんでしょう?

で、帰宅してからちゃんとした英語版をチェックしてみました。原語は「How can you not be romantic about baseball?」でした。なるほど、これならわかります。「野球を観てるとロマンティックな気分にならずにはいられない」。つまり「甘く優しく切ない気持ちになる」──これ、「野球にはロマンがあるな」とビミョーに違ってますよね。まあ、字幕や吹き替えは字数の問題もあるので誤訳とは言いません。むしろ日本語としては「してやったり!」という“名訳”かもしれません。

ここで問題にしたいのはしかし翻訳のことではありません。日本語で「ロマン」と聞くとわかったような気になるけれども、実は何も伝わってないんじゃないか。言葉の響きで納得したつもりでいるけれど、その実私たちは日ごろ、物事をきちんと言葉で考えることをしなくなっているのではないかということです。

そんな思いを強めたのは3月11日の震災1周年の時でした。日本のテレビは「つながろう」「心を1つに」という言葉で溢れていました。「絆」というのもそうです。でも、「心を1つにつながる」って、何でしょう? 「一緒だよ、絆だよ」と念仏でも唱えてろってことでしょうか?

折しも日本はさっぱり進まぬ瓦礫の処理問題や放射能汚染食物など、とても複雑な思考を要する問題で揺れています。そしてここにも人気タレントが「食べて応援!」と心地よいコピーを連呼していました。「本当に大丈夫なの?」はほったらかしにして。

思えばそういうのは確かにテレビCMの手法です。日本のCMは商品の具体的な性能や効能に触れずに漠然と心地よいイメージを喧伝することで価値以上の価値を生み出してきました。そこには本当に「違いのわかる男」はインスタントなど飲まないという事実も「オール電化」がとんでもない話だったという事実もなんとなく触れられず仕舞いで済んできた。かくしていまも日本では、論理的な説明もなく効くのかどうかまるで怪しい養毛剤や、老優が歌をうたいながら散歩するクスリでもない錠剤のCMでいっぱいです。

「絆」という言葉で、私たちはなんとなくわかった気分になって事足らしてはいないか? そんなとき、そんな日本語を英語に訳してみると正体が分かるときがあります。「絆」の持つニュアンスは英語では伝えられません。「ロマン」も英語になりません。英語にするとその言葉の周辺にある漠然とした装飾のようなものが取れて、なんとも情けない単語にしかならないのです。「つながろう」と「Get Connected」でも具体的な行動のイメージが違います。英語ではお題目ではなくなる感じがします。話は違うけど「ふれあい」って言葉もわけがわからんなあ。まあ、アメリカだって9.11の後のおかしなスローガン・ブームはありましたがね。そっか、CMコピーとスローガンは注意しなくちゃってことですな。

そういえばあと、日本の政治家の演説や挨拶もこんなに英語にしにくいものはありません。論理と具体に欠けて、むしろ言質を与えないように故意に曖昧な麗句を並べている感さえします。言葉は意味を伝えるためではなくむしろ真の意味を伝えないために機能している。

神話のバベルの塔は失敗します。私たちは、東北は、日本は、失敗するわけにはいかないのです。(うむ、私のこの文章もスローガンぽくなってきた……)

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