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July 29, 2012

スズキという選手

日本に2カ月ほど滞在していてすっかりブログ更新からも遠ざかってしまいました。で帰って来たとたんにイチロー移籍のニュースです。しかもニューヨークに来るというので、小さなマンハッタンですからどこに住むのだろうとかどのレストランに現れるだろうとか、ここのところ日本人社会は大騒ぎ。さっそくヤンキー・スタジアムの残り試合を物色した人も多いんじゃないでしょうか? ところがこの街のメディアはわりと冷めた分析をしていてその温度差にちょっと驚きました。

NYポストは「名前だけビッグなイチローをトレード獲得」という見出しで彼を「マドンナやシェールと同じで、いまも名声はあるが以前とは中身は違う」と形容し「スターじゃなくなってもスターのイチローは、有名という部分を補強するサプリメント。ヤンキーズにはそれでも充分いい」と断じています。

NYデイリーニューズも「来季はフリーエージェントだから2013年、イチローがブロンクスにいることはないだろう」、NYタイムズまで「イチローはレンタル移籍」などと書いたりしています。昨年来の2割7分前後の打率の低迷を38歳という年齢に重ねての論評でしょう。

かように「もう年だ、バットスピードも落ちている」というのと、「いやいや、プレイオフ常連のチームに入ってまたモチベーションを高めて魔法を取り戻す」というのと、評論家の見方も2つに分かれています。

ヤンキーズ側にも事情はありました。左翼手のガードナーという若くて俊足の盗塁王が右ひじの故障で今季は絶望。そのスピードと守備の穴埋めが欲しいヤンキーズがイチローに白羽の矢を当てた、というわけです。さらにイチローはマリナーズとの5年契約の最後の年。年俸1700万ドルとされているので、ヤンキーズは移籍後の今季残り試合分の225万ドル、日本円で1億8000万円ほどを支払えば済む計算。これはじつに「安いギャンブル」(デイリーニューズ)なのです。

ただ、私の周りの一般的なニューヨーカーの反応はというと、大リーグのTV中継が徹底した地元主義のせいでほとんどヤンキーズとメッツの試合しか見られないからでしょうね、だから松井のことならだいたいみんな知っているけれど、イチローとなると野球好きの人たち以外は実を言えばまだあまりよく知らないみたいです。だからNYタイムズやデイリーニューズなどはイチローのことを記事の中では「スズキ」と表記しているほど。私たち日本人には「へえ、そうなんだ」と、ちょっと異和感があったりします。

ただし電撃移籍が決まった翌日のNYタイムズのスポーツ記事で最も読まれたのはその松井と「スズキ」の関係を書いたものでした。

その記事ではこの2人を「性格も才能もまったく違うが、ともに北米で成功した最良の日本の選手、とてもよく似ている」とし、いろんなエピソードを紹介した上で、いつも礼儀正しくメディアの質問に誠実に答えていた松井を「日本のお婆ちゃんたちが抱きしめてやりたくなるような、慎ましやかで思い入れしやすい古くさい男」と紹介しています。松井はメディアにもけっこう透かれていたんですね。

一方で「スズキはクールで自信家で無口でクリント・イーストウッドを野球選手にしたような人物。彼がバットを持てばダーティーハリーだ」と書いています。面白い比較です。

冒頭部分で紹介したNYメディアのシビアな論調も、まだイチローがニューヨークによく知られていないからかもしれません。「スズキ」が「イチロー」に変わる時がきっとその潮目なんでしょう。もちろんそれが今季中に来なければ、来季の「スズキ」の居場所はないというとてもシビアな世界なのですが。