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August 29, 2012

銃を通して見える大統領選

服部君射殺事件というのを覚えていますか? 南部ルイジアナ州バトンルージュで92年10月17日、交換留学生だった服部剛丈くん(当時16歳)がハロウィーンのパーティー宅を間違えて別の家の敷地内に入り込み、家の主人ロドニー・ピアーズに44口径マグナムで撃たれて死亡した事件です。私は93年にニューヨークに赴任したので、初めてディープサウスと呼ばれる土地に出かけて事件後の裁判を刑事・民事とも取材しました。裁判所の下というか横の低地にはミシシッピ川が流れてたのですが、バトンルージュという州都はとても白人の街で、裁判の途中のお昼休みに近くのレストランにランチを食べに入ると、白人の住民の人たちから物珍しそうに見られたものです。

ところであのころはこの事件もきっかけとなって全米で銃規制論が盛り上がり、銃購入者の犯歴照会を義務化するなどのブレイディ法も成立しました。あれから20年が経ち、コロンバイン高校の乱射事件(死者15人)やバージニア工科大学乱射事件(同33人)、今年もバットマンのダークナイト・ライゼズの上映映画館での乱射事件(同12人)が起きています。先日のマンハッタンのエンパイア近くの銃撃事件は、負傷者の9人はすべて警官側の乱射による巻き添えだったとわかりましたが、いずれにしてもいまはどうして銃規制の話が盛り上がらないのでしょうか?

これを理解するにはこの国の成り立ちから押さえておかねばなりません。とはいえ簡単なことです。この国は、この人たちが銃で西へ西へと開拓していって作った国だということ。それは米国形成のアイデンティティに関わる問題なのです。そしてこの国の政府は、その人たちが国の形を作りつつ自分たちの権利を預託した調整機関に過ぎないということ。そこでは主人公は自分たちであって、調整役の政府は出過ぎたマネをするな、ということなのです。

これが「小さな政府」論の源です。アメリカ建国のもう1つのキーワードである「自助努力」で生活を切り拓いている我々から余計に税金を取ったり、ましてやそれを貧乏人に分け与えたりするのは悪しき「社会主義」となるのです。

銃も同じ。我々の命とも言える銃を取り上げるなんて、政府であろうとも何様のつもりだ、というわけです。だいたい、憲法修正第2条の「規律ある民兵は自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有・携帯する権利は侵してはならない」というのは、この国の人民は1人1人がこの国を守る主人公なのだ、ということ。そのために武器の所有が認められているのです。

余談ですが、これに対して武士たちが帯刀を禁じられても渋々従ったのは、国家や政府に対する考えが米国とは逆だったからでしょうね。もっとも、実際に日本社会から刀がなくなったのはGHQへの武器供出命令のときと、それに続く銃刀法の厳格化でした。私の記憶では昭和30年代にはまだ無届けの日本刀なんかを飾ってる家もあったような気がします。

閑話休題。それでも大統領や指導者たちが何人も撃たれる歴史を経て、銃に関する政治的正しさ(PC)が力を持った時代には銃規制が進みました。じつは立法・行政として犯罪者が銃を手にしないようできることはだいたいやっているのです。もっとも、いくらでも細かく規制することはできますがそれは事実上「銃を持たせない」という範疇に踏み込んでしまうので、そうなると先に書いたように建国のアイデンティティに触れてしまってアウト。

例のバットマン映画館の乱射事件では「もし館内にだれか銃を持った客がいたら、反撃してあんな大事にはならなかったはずだ」と発言する規制反対派の人もいましたが、いま出てくる意見は規制に過剰反応するそんな「とんでも発言」ばかりで、規制派もうんざりして議論にもならない。エンパイアビルの銃撃でも明らかですが、負傷者9人はみな警官の発砲の流れ弾でした。警官ですら正確に撃てない。一般人が反撃したら、それこそ警察も入り乱れての大混乱になることは想像に難くありません。

銃で切り拓いてきた国と書きましたが、銃とキリスト教で切り拓いてきた、と言った方が正確でしょう。そうすると11月に迫った大統領選挙の構図も見えてきます。

銃規制反対派が先鋭化するのと同じく、キリスト教者たちもこのところずっと原理主義的な発言が続いています。それはティーパーティーに見られる共和党の右傾化と重なります。彼らのあまりの猛々しさに、いつの間にか共和党の中でも議論できる穏健派・中間派が影を潜めてしまった。それで猛々しい保守派右派には、医療保険改革を進め同性婚や中絶を認める黒人の大統領というのは、小さな政府や聖書から最も遠い反アメリカの人間に見える(もちろんもう1つの忘れてはならないキーワード、人種差別というのがこの論調の隠し味です)……。

オバマはなにがなんでも落選させねばならない相手。そのためにはモルモン教であったり多少人間性に欠けたり言を左右したり資産隠しをしたりイヌを車の屋根に括り付けて走ったりしててもそんなことは大目に見てロムニーを応援しなければならない。それが今回の共和党の大統領選挙なのです。