テロ戦争の代償
「テロ戦争」の根幹が揺れています。情報こそすべての現代のテロ対策で、オバマ政権で引き継がれているPRISM(プリズム)と呼ばれる秘密の大規模国内監視プログラムが暴かれました。国家安全保障局(NSA)がネットや通信の大手企業中央サーバなどにアクセスして個人データや通話履歴を収集保存しているというのです。まるでオーウェルの「ビッグブラザー」の世界。
オバマは演説では理想主義者で人道主義者です。しかし今現在のことに関してはかなりシビアに対処するようで、理想の未来を語る一方でそのためにいまやれることは徹底してやる。司法手続きを踏まないグァンタナモ刑務所での無期限拘束や尋問もそうです。
今回のPRISMに関してもオバマは「100%の安全と100%のプライバシーと0%の不都合とを同時に手にすることはできない。社会としては何らかの選択をしなくてはならないのだ」として悪びれることがありません。09年のニューヨーク地下鉄爆破テロ計画は電話履歴の捜査によって回避できたというのですから、背に腹は代えられないのは確かなのですが。
多くの民間人犠牲者を出しながらも拡大する一方の無人機(ドローン)攻撃もそうです。
10年前には50機にも満たなかった米軍の無人機は現在、機数だけで言えば7000機と、軍所有の航空機の40%以上を占めるようになりました。米軍がこれまでの無人機攻撃で殺害した人々は主にパキスタン、イエメン、アフガニスタンなどで今年2月時点で計4700人とも言われています。
私はこの無人機が「戦争」の仕方を変えつつあると思っています。スピルバーグが「プライベート・ライアン」で描いたノルマンディ上陸作戦のような、ああいう多大な人命を犠牲にする揚陸強襲作戦というのはもうあり得なくなっています。
どうするかというと、緻密な(あるいは大雑把でもいいから)敵側情報を分析し、最初から最後まで無人機攻撃で叩く。実際の人間を投入するのは最後の最後だけ。味方の人的被害はこれで最小限に抑えられます。
しかしなにしろ1万キロ以上離れたネバダの砂漠の空軍基地からの遠隔操縦です。どういうことが起きるかというと、殺害した4700人のうち、テロ組織の首脳たちは全体の死者のわずか2%でしかないとされています。パキスタンでは3000人ほどが殺されているのですが、最大でうち900人近くがテロとは無関係の一般市民とも言われます。
それだけではありません。味方にだって取り返しの付かない傷が残る。先日、NBCが引退した無人機攻撃の27歳の遠隔操作官のインタビューを放送しました。彼は退任時に「これまであなたの参加した作戦で殺害した人員は推計1626人」という証明書を渡されたそうです。
「アフガニスタンで道を歩く3人の標的に向けてミサイルを2発撃ったことがあった。コンピュータには熱感知映像が映っている。熱い血だまりが広がっていくのが見えた。1人の男は前に行こうとしている。でも右足がなくなっている。彼は倒れ動かなくなる。血が広がり、それは冷えていってやがて地面の温度と同じ色になる」「いまでも目をつぶれば僕にはそのスクリーンの小さなピクセルの一つ一つが見える」「そして、彼らが実際に殺害すべきタリバンのメンバーだったのかどうかは、いまもわからない」「自分に吐き気がするんだ、本当に」
彼はいまPSTDに苛まれています。突発的な怒りの発作、不眠、そして記憶を失うほどの酒浸り。「背に腹は代えられない」と先ほど書きましたが、その結果もまた地獄なのです。