まずは撃て!
トレイボン・マーティン君殺害事件でのジマーマン被告無罪評決は、いまから21年前のハロウィーン前にルイジアナ州バトンルージュで起きた交換留学生服部剛丈君殺害事件の、ロドニー・ピアース被告無罪評決を思い出させました。
あの公判で辣腕と言われた被告弁護人アングルズビーは殺された服部君を身振り手振りを交えて「(ハロウィーンパーティー用の白いスーツという)奇妙な格好で自宅敷地に侵入し、かつヘラヘラと手を振り上げながら被告の近くへと向かってくる不気味な他人」として描写しました。「おまけにその手にはなにか黒い武器のようなものが握られていたのです(携帯電話でした)」「そんなならあなただって発砲していたでしょう?」と。そうして家の戸口に立った身長185cmの大柄な被告が身長170cmにも満たない体重60kgの小柄な少年を、あのダーティーハリーの44口径マグナムで撃つことが「正当防衛」となったのです。
トレイボン・マーティン裁判はこれよりも簡単でした。21年前にはなかった新たな「正当防衛」法が今回のフロリダ州を含む全米30州以上で制定されていて、「正当防衛」を立証するのにそんなに面倒な論理が必要なくなっていたのです。
その新法は「スタンド・ユア・グラウンド(Stand Your Ground)」法といいます。「自分の拠って立つ土地を固守せよ/一歩も退くな」という意味の、自分の権利を自分で守る西部開拓時代の勇ましいモットーをその名に戴いた法律で、「不正な脅威が迫っているという正当な確信があれば人は自己防衛のための当然の力を行使してもよい」というものです。そこに必要なのは「自分が脅威だと感じた」という「正しい確信」であり、これまで問われていた「差し迫った脅威だったか?」「脅威に対して退避行動を取ったか?」「過剰防衛ではないか?」などの要件をクリアする必要はありません。
これは、「犯罪者」に対する「被害者」の断固たる対決姿勢を保障することで犯罪そのものを減らそうというものなのですが、一方でこの法律が「Shoot First(まずは撃て)」法と呼ばれるように、何が何でもとにかく相手を撃ってから正当防衛を主張するケースが急増しているのです。そして多くの場合、撃った側が「脅威を感じた正当防衛」と主張すれば、撃たれた相手は死んでしまっていてそれに反論すらできないわけです。
事実、フロリダ州でこのStand Your Ground法が成立してから、「正当防衛」を主張する殺人事件はそれまでの3倍にも増えました。
今回の裁判でも陪審団は、トレイボン君が撃たれた瞬間にジマーマン被告に「馬乗り体勢になっていた」という検視結果などからジマーマン被告の「確信」した「脅威」を認めたのだろうと思われます。「脅威」があれば発砲も「正当防衛」であり、彼を有罪にはできません。なぜならそういう法律なのですから。
身長170cm、体重84kgの当時28歳の自称自警団員の被告が、身長は180cmながら体重は72kgしかない痩せた17歳の丸腰の黒人少年を「怪しいと思って」尾行し、自ら誰何し、そして結果的に取っ組み合いになって発砲したその経緯は、裁判ではほとんど問題とはならなかったのです。そこに人種偏見に基づくプロファイリングは存在しなかったのか、自称自警団というジマーマン被告のヒーロー気取りの独りよがりの正義感がそもそもの発端だったのではないかという問題は、被告弁護人の裁判戦略によってことごとく「関係のないもの」とされ、ただただジマーマン被告の行為が「スタンド・ユア・グラウンド」法に叶っているかどうか、だけが争われることになったのです。
この法律の制定を全米で推進しているのはあの全米ライフル協会(NRA)と、全米で企業に有利な立法や法改正を推し進める秘密主義の右翼団体「アメリカ立法交流評議会(ALEC)」です。そういえば服部君裁判でもNRAが被告の無罪を応援していましたっけ。
そこにあるのは「もっと銃を持とう! それで犯罪を減らそう!」という、例の、旧態依然のアメリカの西部劇精神です。そしてそんな銃の使用の正当性をめぐる争いのかまびすしさに、1人の少年の死の不当性という根源的な問題が、また無視されたのです。