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September 27, 2013

アベノミス

NY訪問を終える安倍首相のフェイスブックのページに「安倍政権の目指す方向を世界に発信できた有意義な出張でした」と書き込まれていました。「発信」といっても報じたのは日本のメディアで、アメリカではほとんど触れられていませんでしたが。

「発信」は今回、ハドソン研究所、ウォールストリートの証券取引所、そして国連総会での3つの演説でした。この中にオバマ政権との接触はありませんでした。

ハドソン研究所というのは限定核戦争を肯定したり核戦争下での民間防衛のあり方を論じたりしたタカ派の軍事理論家ハーマン・カーンの創設したシンクタンクです。もちろんここは共和党と親和性が高い。ちなみにこのカーンさん、あの名高い映画『博士の奇妙な愛情』の主人公ドクター・ストレンジラヴのモデルなんです。

もっとも、ここでの講演は安倍さんがそのカーンの名を冠した賞を授与された記念講演でした。同賞歴代受賞者はレーガンやキッシンジャー、そして前副大統領のチェイニーらほぼ共和党系。そんなところで「私を右翼の軍国主義者と呼びたければ呼んでください」とやればもちろんそれは受けるでしょう。けれど東アジアの、特に日中の緊張関係にヒヤヒヤしているオバマ政権はどう思うでしょう。それでなくとも安倍さんを「右翼の国粋主義者」として距離を置いているオバマ民主党です。中国を意識して言い返したつもりの先の決め言葉は、彼らには当てこすりと聞こえたに違いありません。

そして証券取引所でのスピーチでした。私はこれにも「おや?」と思いました。安倍さん、出だしで「ウォール街──この名前を聞くとマイケル・ダグラス演じるゴードン・ゲッコーを思い出す」とやったんですね。

この映画、オリバー・ストーンが監督で徹底してウォール街の嘘とごまかしと裏切りとインサイダー取引とマネーゲームのひどさとを描いたものです。そしてゲッコーこそがウォール街を具現する悪役なのです。それを思い出すと言うとは、安倍さんは金融マンたちを目の前にして皮肉をかましたんでしょうか?

彼はまだ続けます。「今日は皆さんに、日本がもう一度儲かる国になる、23年の時を経てゴードンが金融界にカムバックしたように『Japan is back』だということをお話しするためにやってきました」。そして「ゴードン・ゲッコー風に申し上げれば、世界経済回復のためには3語で十分です。『Buy my Abenomics』」と……。

映画の続編で、慕ってくる青年にゲッコーが「Buy my book」つまりオレの本を買えばわかると言ったことに引っ掛けたわけですが、ゲッコーはその続編でも手痛いしっぺ返しを食らうのです。その文脈に沿えば、アベノミクスはしっぺ返しを食らう運命にあるってことの隠喩でしょ? これって自虐ジョークじゃないですか?

終始ヤンキーズやイチローやバレンティンや寿司の話などアメリカ人の好きそうなエピソード満載のスピーチで、安倍さんはとても得意げだったのですが、私は逆に微妙な違和感を持ちました。演説の〆で、この演説の悪ノリの印象は決定的になりました。

安倍さんは五輪開催を決めた日本に触れます。そこでヤンキーズのリベラ投手のテーマ曲を持ち出し(リベラはこの演説の翌日が引退試合でした)「日本は再び7年後に向けて大いなる高揚感の中にあります。それはヤンキースタジアムにメタリカの『Enter Sandman』が鳴り響くがごとくです」とやったんです。

でもこのヘビメタ曲、敵チームに対し、リベラが出てきたから「もうお前たちは眠りにつくしかない」と敗戦を言い渡す歌なんですよ。サンドマンというのはまさにその「眠りの精」こととなんですから。東京五輪に来る人たちに「さあ、おまえらはこれからやっつけられるんだぞ」と言うのは、それは大変失礼というもんじゃないでしょうか。

巷間なかなか評価の高い安倍さんのスピーチライターは元日経ビジネスの記者だった谷口智彦内閣審議官なのですが、安倍さん、本当にこのメタリカってヘビメタバンド、知ってるんでしょうかね。どこからどこまでが安倍さんのナマの言葉で、どこからどこまでが谷口さんの入れ知恵かはわからないのですが、いずれにしてもその比喩の原義の取り違えと文脈の無視、私には詰めの甘いミスとしか思えなかったのです。

September 26, 2013

ヤンテの掟

オバマ大統領が「アメリカはエクセプショナル(例外的で特別)な存在だ」と発言したことが国際的な波紋を生みました。シリア攻撃を踏みとどまった際の演説内での1節でした。これに対しロシアのプーチン大統領が異議を唱えた。ニューヨークタイムズへの寄稿の中で「理由がどうあれ、自分たちを特別な存在と見なすのは極めて危険」と批判したわけです。相手がロシアとあって共和党のタカ派議員たちは「侮辱的」「吐き気がする」といきり立ち、メディアもそろって大きく反応しました。

プーチンは「他人とは違うと思うのは傲慢」ということを言いたかったんでしょう。でもアメリカって「君は特別だ。君は他の人と違う。だから君には出来るんだ!」と励まして子どもを育てている国です。そうやって国民を鼓舞し、国造りをしてきた。その根本文化を「危険だ」と言われたらカチンと来ますわね。

ところが世界にはそれとは違う方向で国造りをしてきたところもあります。例えばデンマークには、まさにその逆の「自分が特別だと思うな」「他人よりも賢いと自惚れるな」「他人よりも重要人物だと思うな」などという十カ条を列挙した「ヤンテの掟」という教えがあるそうです。1933年に発表された小説に出てくる架空の町「ヤンテ」での掟だそうで、俗に「What-do-you-think-you-are!(自分のことを何様だと思ってるんだ)の掟」と呼ばれているんだとか(笑)。

世界最高水準の社会福祉国家で、国民の所得格差が世界で最も小さいこの国は、医療制度、教育、環境、経済的な豊かさなど百項目以上のデータを基にした「世界幸福地図」で1位になったこともあります。他人を出し抜いて1番になろうと血眼になるよりも、チョボチョボのところでお互い満足しましょうやという哲学というか覚悟なんでしょう。社会民主主義で税金も50%以上取られますし、ここではアメリカのウォールストリートみたいな生き馬の目を抜く狂騒は選択しなかったのでしょうね。さらに進めばそういう民衆の気質は、ソ連や中国などの社会主義独裁体制には最も都合の良いものでもあります。プーチンの発言はそっちのほうから出てきたものかもしれません。

そういえば日本も「最も成功した社会主義国」なんて言われたことがありました。「出る杭は打たれる」というまさに「ヤンテの掟」がある文化です。和を尊ぶ日本人には本来はそういう政治体制が似合っていたのかもしれません。

ただ70年代くらいからでしょうか、日本の映画館で、普通の人間が普通に物語を織りなすヨーロッパ映画がやたら勇ましいアメリカ映画に駆逐されてきたころから、私たちもとにかくヒーロー志向になりました。西部劇でも現代劇でもSFでも、ヒーローが、あるいはヒーローじゃなかった女性(『エイリアン』以降の特徴ですね)」とか老人(『コクーン』がそうでした)までもがヒーローになって活躍する映画ばかりになった。そのころから日本人は、「出ない杭」と「出る杭」のあいだで迷い始め、アメリカに引っ張られながらどっちにしようかの覚悟もなく、結局はその場その場でふらふら立ち位置を変える宙ぶらりんのまま今に到っているのかもしれません。

そんな折りも折り、国連総会でニューヨークにやってきた安倍首相が保守系シンクタンクの講演で「私を右翼の軍国主義者と呼びたいならそう呼んで結構」とヒーローばりに見栄を切りました。この人も「エクセプショナルな存在」であろうとするくせに自分の悪評がよほど気になるらしい。プーチンを無視するオバマとは対照的に、安倍さんの昔からの逆ギレ癖が心配です。何せ必ず言い返さないと気が済まない人。それは自分の自信がないことの現れです。英語ではinsecure と言います。

そういやこの人、去年12月の新幹線で、JR職員がある老人のために押さえていた席に座っちゃって老人からたしなめられても席を譲らず、「だから謝ってるんじゃないですか!」と逆ギレして狸寝入りを続けたってこともありました。いやはや。

September 03, 2013

孫子の兵法

シリアの首都ダマスカス近郊で毒ガス兵器による死者が1429人も出て(うち426人が子供だとケリー国務長官は言っています)、これを見逃すことは国際社会としてタブーである化学兵器、ひいてはイランや北朝鮮の核兵器開発をも見逃すという誤ったメッセージになる──これがオバマ大統領がシリア政府を攻撃しようとしている理由です。

もちろんこれ以上の一般市民の犠牲を防ぐという人道的な背景もありましょう。ですが国際的な軍事モラルとバランスの維持というのがアメリカにとっての第一の国益なのです。ええ、その「モラル」も「バランス」もアメリカにとっての、というのが国益の国益たる所以ですが、毒ガス兵器がむやみにテロリストやマフィアや犯罪組織に渡ったりするのは確かにまずい。

なのでシリアは(懲罰的にも、国際的な見せしめとして)叩かねばならない、というのが米政権の論理です。ところがアラブの春以来のこの2年半でシリアは内戦状態になり、しかも情勢は政府vs反政府勢力という単純な構図ではなくなっています。日本人ジャーナリストの山本美香さんも昨年8月、そんな混乱の中で政府軍に射殺されました。

反政府勢力の中にも民主化を求める市民勢力やアルカイダ系のイスラム原理主義集団、ジハード主義集団などが入り乱れていて、さらにそこにイランやロシアといった政府支援国、レバノンのヒズボラの参戦やトルコ、イスラエルといった敵対隣国の事情も絡み、国際社会もどう手をつけてよいかわからないのが現状です。

例えばオバマがトマホークを射ち込んで、シリア政府はどうするでしょう。シリアはロシアから地対空ミサイル防衛システムももらっています。報復としてアメリカではなくその同盟国のイスラエルにロシア製のスカッドミサイルを射ち込むということは大いに考えられます。その場合、それがまた化学兵器だったらそこから大変な戦端が開かれる恐れもあります。それを合図にレバノンもまたイスラエルを攻撃するでしょう。イスラエルはすでにそれに備えて「アイアン・ドーム」と呼ばれる防空システムを配備しています。アサド政権の後ろに控えるイランやロシアも黙ってはいないでしょう。アメリカではいま、サイバー・パールハーバー(コンピュータ戦争における真珠湾攻撃)も懸念されています。1週間前にニューヨークタイムズのサイトがハッキングされたのもシリア関連の攻撃だと言われているのです。なにより、個人の持ち込む兵器によるアメリカ本土でのテロも怖い。そんなことになる前にまずロシアと米国の反目が激化します。ロシアが動けばアメリカのソチ五輪ボイコットという事態もあるでしょう。

そしてそれらは、さらに先の、「ひいての」アメリカの国益につながるのだろうか?

その問題がオバマが今回の軍事介入をあくまで「限定的なもの」で「アサド政権の打倒を目指すものではない」として、慎重である理由です。トマホークを射ち込んでも次にどうなるのかが見えない。この軍事介入には「Bad ひどい」か「Worse よりひどい」か「Horrible とんでもなくひどい」の3つの選択肢しかないと言われる理由です。進むも地獄、進まぬも地獄……。

そこでオバマ政権の国防安保チームが知恵を絞ったのが今回の「軍事介入に当たって議会の承認を求める」でした。もちろん前週に英国議会がキャメロン内閣の軍事介入方針を否決した影響もあります。ただこれでオバマは、ブッシュのように猪突猛進はしないと宣言できました。なにせイラクもアフガンもリビアも、米国が軍事介入してうまく行った例はベトナム以降皆無なのですから、ノーベル平和賞受賞者としては1人で勝手にミサイルは射てません。でもこれで軍事介入の責任を議会にも分散させられる。リベラルの大統領としてはアリバイができる。

しかしその一方で東地中海のシリア沖に展開している5隻の駆逐艦、400基以上のトマホークはいまも待機状態で、いつ何時でも有事の際には攻撃できるようになっています。声明でも「司令官から常時報告を受けている。攻撃はいつでも可能。攻撃は一刻を争うもの(タイムセンシティヴ)ではなく、明日でも来週でも1カ月後でも有効だ」と断言しています。議会承認を求めると言う前にオバマがまずは「私は軍事介入を決心した」と明言したことも忘れてはいけません。

これはシリア政府に向けた恫喝です。アメリカの大統領は議会の承認を経ずに宣戦布告して60日間の軍事行動をとれます。つまり、議会の承認を求めるとは言ったものの、シリア政府軍に何か新たに不穏な動きがある際は火急の対応として攻撃できるんだ、とシリア側に宣告しているわけです。

これではシリア軍はなにもできません。いまシリアの司令本部や通信施設は攻撃を予測して移動し仮の状態です。兵器や部隊も分散させてシリア軍はいま本来の力を出せません。それが続く。つまり攻撃しないでも、軍事行動をとったに似た効果をもたらしている。これは孫子の兵法でいう「戦わずして人の兵を屈するは善の善」です。

もっともそれもかりそめのものです。9日以降の議会の承認審議は大揉めに揉めるでしょう。米国民の世論だって軍事介入にはもう乗り気ではない。もちろん介入が否決されてもオバマ大統領は次のシリアの出方でそれはまた変えることはできます。結局はやはり軍事介入、ということになる可能性も高い。シリア国内でも、アメリカの介入を求める人々が多く存在します。介入を求めない人々も多くいます。国際的にも賛否は真っ二つです。なにもしないでよいのかという人道的な憤りも加わって、アサド政権の非道さへの批判は高まる一方です。

しかし結局軍事介入することになっても、「その後」がわからないのはそのときも変わらないのです。そんなことも考えずに、アメリカよりも先に「アサド退陣」を求め、アメリカ国民よりも先に「アメリカ支持」方針を早々と打ち出してしまっている日本の安倍政権の不見識を、とても恥ずかしく思います。