ヤンテの掟
オバマ大統領が「アメリカはエクセプショナル(例外的で特別)な存在だ」と発言したことが国際的な波紋を生みました。シリア攻撃を踏みとどまった際の演説内での1節でした。これに対しロシアのプーチン大統領が異議を唱えた。ニューヨークタイムズへの寄稿の中で「理由がどうあれ、自分たちを特別な存在と見なすのは極めて危険」と批判したわけです。相手がロシアとあって共和党のタカ派議員たちは「侮辱的」「吐き気がする」といきり立ち、メディアもそろって大きく反応しました。
プーチンは「他人とは違うと思うのは傲慢」ということを言いたかったんでしょう。でもアメリカって「君は特別だ。君は他の人と違う。だから君には出来るんだ!」と励まして子どもを育てている国です。そうやって国民を鼓舞し、国造りをしてきた。その根本文化を「危険だ」と言われたらカチンと来ますわね。
ところが世界にはそれとは違う方向で国造りをしてきたところもあります。例えばデンマークには、まさにその逆の「自分が特別だと思うな」「他人よりも賢いと自惚れるな」「他人よりも重要人物だと思うな」などという十カ条を列挙した「ヤンテの掟」という教えがあるそうです。1933年に発表された小説に出てくる架空の町「ヤンテ」での掟だそうで、俗に「What-do-you-think-you-are!(自分のことを何様だと思ってるんだ)の掟」と呼ばれているんだとか(笑)。
世界最高水準の社会福祉国家で、国民の所得格差が世界で最も小さいこの国は、医療制度、教育、環境、経済的な豊かさなど百項目以上のデータを基にした「世界幸福地図」で1位になったこともあります。他人を出し抜いて1番になろうと血眼になるよりも、チョボチョボのところでお互い満足しましょうやという哲学というか覚悟なんでしょう。社会民主主義で税金も50%以上取られますし、ここではアメリカのウォールストリートみたいな生き馬の目を抜く狂騒は選択しなかったのでしょうね。さらに進めばそういう民衆の気質は、ソ連や中国などの社会主義独裁体制には最も都合の良いものでもあります。プーチンの発言はそっちのほうから出てきたものかもしれません。
そういえば日本も「最も成功した社会主義国」なんて言われたことがありました。「出る杭は打たれる」というまさに「ヤンテの掟」がある文化です。和を尊ぶ日本人には本来はそういう政治体制が似合っていたのかもしれません。
ただ70年代くらいからでしょうか、日本の映画館で、普通の人間が普通に物語を織りなすヨーロッパ映画がやたら勇ましいアメリカ映画に駆逐されてきたころから、私たちもとにかくヒーロー志向になりました。西部劇でも現代劇でもSFでも、ヒーローが、あるいはヒーローじゃなかった女性(『エイリアン』以降の特徴ですね)」とか老人(『コクーン』がそうでした)までもがヒーローになって活躍する映画ばかりになった。そのころから日本人は、「出ない杭」と「出る杭」のあいだで迷い始め、アメリカに引っ張られながらどっちにしようかの覚悟もなく、結局はその場その場でふらふら立ち位置を変える宙ぶらりんのまま今に到っているのかもしれません。
そんな折りも折り、国連総会でニューヨークにやってきた安倍首相が保守系シンクタンクの講演で「私を右翼の軍国主義者と呼びたいならそう呼んで結構」とヒーローばりに見栄を切りました。この人も「エクセプショナルな存在」であろうとするくせに自分の悪評がよほど気になるらしい。プーチンを無視するオバマとは対照的に、安倍さんの昔からの逆ギレ癖が心配です。何せ必ず言い返さないと気が済まない人。それは自分の自信がないことの現れです。英語ではinsecure と言います。
そういやこの人、去年12月の新幹線で、JR職員がある老人のために押さえていた席に座っちゃって老人からたしなめられても席を譲らず、「だから謝ってるんじゃないですか!」と逆ギレして狸寝入りを続けたってこともありました。いやはや。