敗者は誰か?
連邦政府の閉鎖と債務不履行危機はけっきょく16日のギリギリのところで一時的ながらも決着を見ました。いったいあの騒ぎは何だったのでしょう?──オバマ大統領は法案署名後の深夜の演説で「ここに勝者はいない」と言いましたが、敗者はいました。誰か? それは国際的な信用を失ったアメリカそのものです。政府閉鎖期間中の経済損失は230億ドルとも言われています。
いや、国際的な顰蹙を買うもととなったのは何一つ言い分も通せずに妥協するしかなかった共和党だから、共和党こそが敗者ではないか、と言う人もいます。
暫定予算を人質に取っての彼らの要求はとにもかくにも医療保険制度改革(オバマケア)の廃止でした。手を替え品を替えしてやってきたオバマケア阻止行動の、これは43回目の試みでした。もちろん今回で43回目の失敗です。
オバマは折れる素振りさえまったく見せませんでした。完全無視をしたのです。そりゃそうでしょう、ここで妥協してオバマケア開始延期でもしたなら、その延期期限のときには次は「廃止だ」と要求がエスカレートするに決まっているからです。日本では元NHKの日高義樹や産経の古森のオジチャマやらが「オバマは指導力を失った」と我田引水、牽強付会の売文で露出していますが、いったい何をどう見ればそういう解釈が出来るのか私にはまったくわかりません。
だって、ぜんぜん折れないオバマを前に、じゃあせめて避妊医療の保険適用は外せないか? と言ってきたのは共和党です。もちろんノー。じゃ医療機器への課税廃止は? そんなのもダメ。ドサクサに紛れて石油掘削事業の再開や環境保護法の規制緩和やキーストーン石油パイプラインの建設再開の承認まで要求してきましたが、そんなのももちろん全部突っぱねられました。いやはや完敗です。
じつは共和党はベイナーが下院議長になってから1度も自分たちの重要法案を成立させたためしがありません。ティーパーティーの新人議員たちの威勢の良さに引きずられるだけで何一つまとめられないのです。「指導力を失った」という言葉はこのベイナーのためにある。普通の頭ならばそういう読解をします。共和党の完敗はベイナーの完敗なのです。
ではそのおおもとの敗因である茶会の一派はどうかというと、この人たち、自分たちが負けたとは思っていないのです。なぜか? なぜなら彼らはこの「大騒ぎ」の「オバマいじめ」で来年の選挙もまた勝てると確信したからです。政治家は選挙に勝てればいいのですから。
茶会の関係者たちは「オバマ憎し」「オバマケアこそが大問題」なのであって、アメリカの連邦制度がどうなろうが、デフォルトで世界経済がどうなろうが関係ないのです。そもそも連邦政府なんて必要ない、世界のことはどうでもいい「小さな政府」論者たち、あるいは「大きなこと」が考えられない人たちです。「茶会の女王」ミッシェル・バックマン(下院議員)なんか政府閉鎖でも「これこそが私たちの見たかったこと。こんな幸せなことはない」と言い放ったほどです。
この人たちの選挙区はレッドステート(共和党が優勢の州)の中でもさらに真っ赤な選挙区。そこの有権者たちはすっかり茶会の主張である「オバマケアは悪魔の政策でアメリカの自助の精神を破壊し、個人の健康のことにまで口出ししてくる社会主義の悪法だ」を信じているわけです。
ところで彼らに現在の医療格差をどうこうする解決策はありません。茶会は基本的に「アンチ」の党派で、アンチ以外の建設的な対案があるわけじゃないからです。ある意味、対案がないから熱狂できる。なぜなら、対案があったらそこでまたいろいろ考えなくちゃならなくなる。そうすると単純に熱狂しているだけでは済まなくなるからです。そういう面倒なものはない方が熱くなりやすい。そういうもんです。
で、茶会政治家にとっては11月の中間選挙本番より、じつは来年早々本格化する共和党予備選挙が重要です。そこで党候補になれればさっきも書いたようにその真っ赤な選挙区では民主党候補には楽勝できるのですから。しかも茶会スポンサーには全米4位の金持ちのコッチ兄弟や同7位のラスベガス賭博王エイデルソンが控えているのを忘れてはいけません。
この3氏、彼らだけで私財は計9兆円といわれています。日本の一般会計予算の10%に相当する大金です。こうしたことを背景に、去年の予備選では茶会の全面支援を受けた新人が穏健派の現職上院議員を蹴落として共和党候補になるという現象が起きました。これは衝撃でした。
私はこの選挙の傾向はジョージ・W・ブッシュの時の選挙に遡ると思っています。2000年のブッシュ対ゴアのときです。あのときに、副大統領のゴアを大統領にさせないために、ブッシュは、というよりブッシュ陣営の選挙参謀カール・ローブは「ゴアは同性婚や中絶にも理解を示す社会主義者だ」「このままではアメリカが壊されてしまう」と大々的に宣伝し、これまで選挙になんか行かなかった宗教的にとても敬虔な、キリスト教保守派の人々を投票に行くよう焚き付けたのです。そうやって400万人の新たな保守投票者を獲得した。これはブッシュに投票する人が1割増えたという計算です。
その宗教的な保守派の人々が一旦そうやって政治的な力に味をしめると、そこから茶会の波が起きるわけです。田舎の人たち、教会しか娯楽がないような人たち、自分の土地のことが人生の最重要な課題である人たち。それはどの国にもいる生活者です。ただそれが宗教と、それもものすごく狂信的な巨大チャーチと結びつき、そこにアメリカ的な、発言するのが美徳という精神文化が加わると、これほどに大きな政治勢力になる。茶会とはそうやって生まれてきたのだと私は総括しています。
それから13年、かくして共和党の(というか反オバマの、反民主の)候補者たちはそんな茶会とその大富豪スポンサーの歓心を買うためにどんどん右傾し、共和党は股裂き状態になっています。そしてそんな共和党に付き合いきれない民主党がいます。
アメリカの二極化は政治の機能不全につながっています。それはさらなる国際的信用失墜の敗者への道なのですが、もちろん茶会にはそれがひいてはどう自分たち自身の首を絞めることになるのか、理解する想像力も洞察力もありません。