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軍人の思考

驚いたのは安倍首相が27日、自衛隊の観閲式で「防衛力はその存在だけで抑止力になる、という従来の発想は完全に捨て去ってもらわないといけない」と演説したことです。武力は行使しなければ意味がないとは、日本が依存する「核抑止力」をも否定することになる論理だと、気づいているのかいないのか。この人どうも首尾一貫しないでブレーンの入れ知恵をその場その場で適当に口にしているだけの印象が拭えません。入れ知恵を自分の論理として理解する力、一体化して構築する力がないのか、ただ「勇ましさ」だけをキーワードにしてかっこいいフレーズを飛び石渡りしているような気がするのです。

そして国家安全保障会議とか特定秘密保護法案です。安倍さんは戦後日本が築き上げてきた「平和主義」ドクトリンを根底から変えたいんですね。で、こちらのキーワードは「勇ましさ」をもうちょっと外向きに言い換えた「積極的平和主義」。同じ「平和」が入っているとはいえその中身は正反対です。

今回スルスルと閣議決定にまで至った日本の秘密保護法案は、なにせ事前のパブリックコメント募集で反対が8割もあったのにそれはまったく無視されました。町村信孝元外相が「組織的にコメントする人々がいたと推測できる」と一蹴したように初めから成立ありき。いったい何のためのパブコメ募集だったのか。もしこれが賛成8割だったならそれも組織票だと言ったのかしら?

この法案はそもそも湾岸戦争以降共同軍事行動に前のめりになった自民党政府に対し、提供する軍事機密が日本から漏れては困るという米国側の危惧から始まりました。それが2000年のアーミテージ・リポートで具体的に字になって日本にも「アメリカ並みの秘密保護法制が必要」とされ、翌01年の9.11後に制定された愛国者法の対テロ戦争の熱狂下で日本への圧力もぐっと高まった。そして第一次安倍政権下の07年に「日米軍事情報包括保護協定」が締結されたのです。

本来ならこれで事足りるはずでした。ところが安倍政権はもっけの幸いとばかりにこれを秘密保護法案に拡大し、持論の改憲、集団的自衛権、国家安全保障法、日本版NSC法、防衛大綱見直し等々とパッケージして、彼の言う「積極的平和主義」を構想したのです。

国家にはもちろん運営上の機密情報が存在します。それを守るための法律もまた必要です。日本にはすでに公務員法や自衛隊法でそれが守られています。しかし今回の秘密保護法案は罰則をさらに強め、取材のジャーナリストたちも処罰対象にするものです。

秘密保護法案にはそれに拮抗する情報公開法や、内部告発者をきちんと保護する法律並びにそれを保障する社会文化が同時に必要とされます。ところが日本にはそれがない。日本にはジュリアン・アサンジもエドワード・スノーデンも出てきそうにないのです。そして秘密の正当性を検証する機会がないまま、政府の指定する秘密だけが増殖するのです。

ではその秘密とは何なのか? 1つのウソをつきとおすために別のウソをつかねばならなくなるように、1つの秘密を隠すためにその周辺情報までも秘密にしなくてはならなくなります。ウソがウソを呼ぶように、秘密が秘密を呼ぶのです。そして何が秘密なのか、誰も定義できなくなってしまう。それが検証されることのない「秘密」の正体です。

その好例が国家安全保障局(NSA)によるメルケル独首相ら35カ国首脳への盗聴です。この盗聴が始まったのは2002年。やはり2001年の9.11後の狂乱下ですね。テロ情報収集のためには手段を選ばない。そのためにはヨーロッパ経由の情報も必要、ドイツのNATO情報も必要、つぎにドイツの首相になりそうなメルケルさんの情報も必要、といくらでも拡大して行ったことは想像に難くありません。諜報活動は歯止めがない場合はかならず自己増殖するのです。

この場合、盗聴内容はもちろん機密情報でしょう。さらにその具体的方法として「盗聴」という違法行為をやっていたこと自体も機密情報になります。つまり、政府の違法行為までが機密情報に指定されるわけです。そして秘密保護法ができれば、政府の違法行為を告発することさえもが違法となってしまう。政府の違法行為は、では誰がどのように正すことができるのか?

問題はそこにあります。

平時のときの有事対策とは、平時であるが故に冷静かつ論理的に考えられるすべての回路を駆使しなくてはなりません。政治家は秘密を保護するだけではなく、情報を精査して評価する方法や情報公開法も作っておかねばならない。なのにいまのこの平時に、まるで有事の際に有事の対策を立てるかのような有事ヒステリアで思考回路が一本化してしまっている。それは政治家の思考ではありません。軍人の思考なのです。

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