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メニューの上の虚実皮膜

一時帰国中の日本ではホテルレストランなどでの食材の「偽装・誤表記」が連日ニュースになっています。発端は反新阪急ホテルでの「芝エビとイカのクリスタル炒め」なるものが、実は芝エビではなく「バナメイエビ」を使っていたというものでした。

日本の中華料理界では小エビをだいたい「芝エビ」と表記するのが慣行だったそうで、芝エビといえどもすでに江戸「芝浦」で捕れるエビとは限らず、しかもいまや大量消費で世界中からいろんなエビが輸入されるとあってはいちいち聞いたこともない名前でメニュー表記されても客としても困り物だろうにと、私としてはむしろ「クリスタル炒め」の方に、一体全体これは何ぞや?と反応してしまった。

その後も同種の問題発覚は後を絶たず、ブラックタイガーを車エビ、トビッコをレッドキャビア(これは日本では鱒の卵のことだそうです)、ロブスターを伊勢エビ、スパークリングワインをシャンパン……中には牛脂を注入した豪州ビーフの成型肉を「和牛」表記してたなんていうトンデモ例もありますが、食材なんてのはだいたい料理の上手下手でどうにでもなるもので、ブラックタイガーだってヘタな車エビより美味くもなれば、スパークリングワインだって近頃は上等です。アメリカじゃ伊勢エビ(スパイニー・ロブスター)よりも爪のあるロブスターの方が重宝される。鱒子をレッドキャビアだなんて呼ぶこと自体がそもそも偽装でしょうに、それを棚に上げて着色トビッコを「赤い魚卵=レッド・キャビア」と呼んではいけないというのもおかしな話です。

もちろんそんなメニュー表記で付加価値が上がって客を引きつけられると考えるレストラン側のさもしさ浅ましさが第一の問題です。客を騙そうなんて以ての外。

だがしかし、そもそも日本のメニューというのは昔から謎掛け、見立ての伝統があって、それをわかってこそ風流、などという特権意識がお茶や懐石の、器や掛け軸や生け花やあしらいの根底に流れている。

簡単な例ならば「竜田揚げ」は百人一首の「からくれない」に染まる竜田川の色合いを持った揚げ物のことですし「紅葉おろし」だとか仙台名菓「萩の月」だとかも、じつに妙(たえ)なる名前だけどこれも知らなきゃ何のことやら。そうやって日本にはそのものズバリの名付けを無粋として避ける文化が脈々とあって、潮汁だとか鉄砲汁だとか鉄火巻きだとか松笠焼きだとか、それがいつしか「クリスタル炒め」なんぞにつながるわけです。

それは、テラピアをイズミダイと呼び換え、カペリンをカラフトシシャモと呼び換え、ブルーギルをビワコダイなどと呼び換える慣行とどう違うのか、と言われると、確かに商売根性のあからさまさは違うけど、本質的にはどっかでなにかが通底してる。

かくして客側の自己防衛としては、端からメニューなど信じないのがいちばんです(そういや日本にはメニューより信頼が重大な「おまかせ」文化もありますね)。それで食ってみてからもういちどメニューを見直す。美味かったらそこで「ほお、そうだったのか」と思うし、まずかったら「へえ、こうしちゃうのね」です。同じ食材も「こんなに美味くなるのか」なときも「ダメポ」なときもあるので、客釣りのためのメニューなんぞ単なる参考資料、半分信じてちょうどいいくらいなのですよ。

もっともそう書いたからと言ってレストラン側が話二倍の誇大表記をしてよいということにはなりません。「しょせん素人、客になんぞ味の違いはわからねえ」と思っている店があれば、まあ、そりゃ大方そうかもしれないけど、そうじゃない客だって必ずいるのだと言うしかありません。そうすると、そういう味のわかる、畏敬すべき客は必ずその店に二度と来なくなります。そして次第にその店の客は、店側が蔑ろにするような客ばかりになる。そうするとその店自体が蔑ろにしてよい店に堕するのです。それは恐いことではありませんか?

先日、岐阜のどこかの学校給食でパンに小バエが混じっていたという“事件”がありました。ハエが混入したパンの数は約100個にものぼったそうですが、学校側は「 健康に影響はない」として、付着箇所を取り除いて食べるよう指導したそうです。ええ、パンは高温で焼いているから小バエが混じっていても病原菌は死んでるし大丈夫かもしれません。でもこの問題はそこにあるのではないのです。この問題は、小バエが混じるような環境を放置しているような給食施設では、必ず他にもなにか見落とされている衛生上労働上の問題があるはずだ、ということです。小バエ混入は、そういう悪環境、悪監督、悪労働の象徴だということなのです。

これを敷衍すれば、客の気を惹くためには実態以上のかっこいい言葉でメニューを飾ればどうにかなると思っているレストランは、どこか料理でも客サービスでも嘘が混じるということなのです。誤表記、偽装はその象徴でしかないのです。天網恢恢疎にして漏らさず。料理は愛情だというのは、じつはそういう嘘をつかない誠実な心のことを言うのだと思います。

最後にレストラン以外の苦言を1つ。レストランなら選べます。でも日本では、どこに行っても本物のベーコンが売っていない(高級グルメマーケットとかにはかろうじて存在してますが)。

ベーコンとは本来は塩漬けにした豚の肋肉を燻製にして作るもので、熱処理していないのです。なのに日本で「ベーコン」として売ってるのはみんな加熱したハムもどき。せっかく世界に誇るおいしい豚肉がある日本なのに、これは焼いてもカリカリにならないし、口にぺっとり甘ったるい化学調味料の味が残るし、食文化を誇る日本で、ベーコン1つまともなのを買えないというのは、TPP後に世界から押し寄せる食材に、農水省の食品行政がはたして立ち行くのかどうか、そちらの方が心もとないのです。

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