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May 29, 2014

暴力のジェンダー

札幌市厚別区で行方不明になっていた伊藤華奈さんが殺害されていたという痛ましいニュースを目にしながら、その数日前に起きたカリフォルニア州サンタバーバラでの大量殺人事件の余波を考えていました。というのも「暴力には人種や階級、宗教や国籍の別はない。けれどジェンダー(男女)の別はある」という米国の女性作家の言葉が忘れられなかったからです。

サンタバーバラでの事件は単なる「もう1つの銃乱射事件」ではありませんでした。自殺した犯人の男子大学生(22)が残した犯行予告のビデオや百三十七ページの手記の内容が、全米の女性たちに異例の反応を惹き起こしたのです。なぜならば犯人は「自分のような完璧な紳士を相手にしないのは女たちの不正義であり犯罪だ。そんな女たち全員に罰を下してやるのがぼくの喜びだ」などと発言していたからです。

この激しいジェンダー間憎悪。ここにあるのは一義的には「モテない男の個人的な恨みつらみ」ですが、その根底には男たちの拭い去りがたい女性嫌悪、女性蔑視が横たわっているのではないか──その気づきが全米の女性たちに大議論を巻き起こしたのです。

ツイッターなどを舞台にしたその議論のハッシュタグ(合言葉)は「#YesAllWomen(そう、女たちはみんな)」。

男性性への批判に対して男たちが反論するときに「Not All Men(男がみんな〜〜だとは限らない)」と切り出す決まり文句があります。それに対抗して女性たちがいま、直言や皮肉として逆に「そう、女はみんな〜〜だ」という合言葉の下、自分の経験した性暴力や性差別、嫌がらせや性的脅しなどの具体例を報告しているのです。その数すでに百数十万件。つまりここにあるのは圧倒的なジェンダーの不均衡です。男女間の暴力事案の被害者は圧倒的に女性が多く、加害者は圧倒的に男性が多いという事実の列挙です。

しかも今回の犯人はメンズ・ライツ運動(男性の権利を取り戻す運動)に関わっていたこともわかりました。しかも彼の場合は女性の権利の台頭に恐れをなした男性側が、男性性の優位を訴えて権利回復を叫ぶというとても短絡的な主張です。これはつまりフェミニズムに出遭ったときに男性たちがそれを取り込んで柔軟かつ大らかに変わるのではなくて、そんな女性たちに対抗し競争して打ち勝つ、というなんとも子供じみた衝動なのです。

冒頭の「暴力にはジェンダーの別がある」というのは歴史家でもある作家レベッカ・ソルニットの新著「Men Explain Things to Me(私に物事を教える男たち)」の中の言葉です。今回の事件に関して彼女は「democracynow.org」という独立系の米ニュースサイトで「世界中で女性に対する性暴力が溢れている。なのにそれが人権の問題としてとらえられることは少ない」と論難しています。先のツイッターでの議論ではインドやアフリカ諸国などで多発する強姦事件や女性の人権無視も数多く言挙げされています。いやそれだけでなく、米テキサス州で「ビールとバイオレンスはドメスティックに限る!」と手書きの看板を出していたマッチョなバーもあることが報告されました。奨励される前者は国産ビール、後者は身内での暴力、特に女性への暴力のことです。

伊藤華奈さんへの加害者が男性なのかはまだわかっていません。しかし思えば先日のAKB握手会事件も男性が女性を襲ったものでした。暴力事案をこうしたジェンダーの視野から照らして見る。そうしなければ男たちは、犯罪に潜む身勝手な女性嫌悪と女性蔑視とに永遠に気づかないかもしれません。ええ、男がみんなそうだとは限らないのですが。

May 12, 2014

日系企業のみなさんへ〜任天堂事件の教訓

記憶に新しいところではこの4月、ファイアフォックスのモジラ社の新CEOがかつてのカリフォルニアでの反同性婚「Prop8」キャンペーンに1000ドルの寄付をしていたために就任10日で辞任に追い込まれました。東アジアのブルネイが同性愛行為に石打ち刑を適用することに対し全米でブルネイ国王所有のホテルチェーンにボイコットが起きていることも大きなニュースです。そういえばロシアの反同性愛法への抗議でソチ五輪で欧米諸国がそろって開会式を欠席したのもまだ今年の話でした。

性的少数者への差別や偏見に対してかくも厳しい世界情勢であるというのに、どうして大した思想も覚悟もあるわけでない任天堂米国社が、6月に発売するソーシャルゲーム「Tomodachi Life(日本名ではトモダチ・コレクション=先にコネクションとしたのを書き込み指摘により修正しました)」の中で同性婚が出来なくなっているのでどうにかしてほしいと言うファンからの要望に対して「任天堂はこのゲームでいかなる社会的発言も意図していません」「異性婚しかないのは、現実世界を再現したというよりは、ちょっと変わった、愉快なもう1つの世界だからです」と答えてしまったのでしょうか。

実は同じことは日本版リリース後の昨年暮れにも起きました。このときは日本国内での話題で、一部外国のゲームファンの中からも問題視する声がありましたが、任天堂はこれを「ゲーム内のバグ」と言いくるめて押し通し、肝心の同性間交際の問題には正面からはまったく対応しませんでした。そして今回に至ったのです。

これはマーケティング上の大失敗です。なぜならこれは、米国では誰から見ても明白に「大きな問題」になることだったからです。そして、同性婚を連邦政府が認めているアメリカで「異性婚しかないのは」「現実世界」とは違ってそれ「よりはちょっと変わった愉快なもう1つの世界」の話だからだと言うことは、まるで同性婚のある現実世界はその仮想世界よりも楽しくないという、大いなる「社会的メッセージ」を発することと同じだったからです。

果たしてこれをAP、CNN、TIME、ハフィントンポストなど、米国のほぼ全紙全局が一斉に報じました。AP配信の影響でしょうか、アメリカのゲーム関連のニュースサイトもちろん速報しました。「任天堂は同性婚にNO」という批判文脈で。それでもまだ任天堂は気づいていなかった。というのもハフィントンポストからの取材に対して日本の任天堂は「すでに発売された日本で大きな問題になってはいませんし、まずはゲームを楽しんでいただきたい」とコメントしたのです。

http://www.huffingtonpost.jp/2014/05/08/nintendo-tomodachi_n_5292748.html
「日本では昨年発売されたものですし、お客様にも大変喜んでいただいています。
 ゲームの中で、結婚したり、子供を作ったりという部分が特徴的なのは確かですが、それだけではありません。いろいろなことができるゲームですし、その部分のみが取り上げられるのは、ゲームの中身が理解されていないのかな、という印象です。まだ海外では発売すらされていないので、そういった報道になるのかもしれません。すでに発売された日本で大きな問題になってはいませんし、まずはゲームを楽しんでいただきたいと思います。」

そして翌9日、任天堂は謝罪に追い込まれました。「トモダチ・ライフにおいて同性間交際を含めるのを忘れたことで多くの人を失望させたことに謝罪します」と。

We apologize for disappointing many people by failing to include same-sex relationships in Tomodachi Life.

TIMEは次のようにこの謝罪も速報しました。

The company issued a formal apology Friday and promised to be "more inclusive" and "better [represent] all players" in future versions of the life simulation game. The apology comes after a wave of protests demanding the company include same-sex relationships in the game

もっとも、任天堂は例の「社会的発言」云々のくだりなど、それ以前のコメントの「間違い」への反省の言及は一切ありませんでした。

LGBT(性的少数者)の人権問題に関してどうして日系企業はかくも鈍感なのでしょう。そもそもアメリカに進出していてもLGBTという言葉すら知らない人さえいます。かつて日系企業の米国進出期には女性差別やセクハラ、人種差別やそれに基づくパワハラが訴訟問題にも発展し、多くの教訓を得てきたはずです。にもかかわらず今度はこれ。実際は何も学んでこなかったのと同じではありませんか。

性的「少数者」として侮ってはいけません。米国社会では親しい友人や家族の中にLGBTがいると答えた人は昨年調査で57%います。同性婚に賛成の人は先日のCNN調査で59%にまで増えました。所謂ゲーム世代でもある18歳〜32歳の若年層に限ると、同性婚支持の数字は68%にまで跳ね上がるのです(ピューリサーチセンター調べ=2014.3.)。

つまり、LGBTに関して「あいつオカマなんだってさ」「アメリカにはレズが多いよな」などという言葉を吐こうものなら、あなたは7割の若者から差別主義者の烙印を押されることになるのです。それで済めば良いですが、もしそれが職場や仕事上の話題ならば、訴訟になり巨額のペナルティが科せられます。冒頭に挙げた例はビッグネームであるが故の社会制裁を含んだものですが、アメリカでは最近、せっかく新番組のTVホストに決まっていた双子の兄弟が過去のホモフォビックな活動を問題視されて番組そのものがあっというまにキャンセルされてしまった例もあります。こう言ったらわかるかもしれません。アメリカ社会で黒人にニガーという言葉を投げつけただけであなたは社会的にも経済的にも大変困ったことになります。その想像力をそっくりLGBTに対しても持つ方がよい。ホモフォビックな性的少数者に差別と偏見を向ける人は、よほどの宗教的な確信犯ではない限り、すでにそちらこそが少数派の社会的落伍者なのです。

そんなこんなで任天堂問題がツイッターなどを賑わしているさなかに、大阪のゲーム会社がまた変なことをやらかしていることが発覚しました。

ノンケと人狼を見分けて「(ホモ)人狼」を追放する「アッー!とホーム♂黙示録~人狼ゲーム~」だそうです。

こうなるともうわけがわかりません。

これがアップルやグーグルのゲームアプリとして発売されるというので、いまツイッターなどでみんながアップルとグーグルにこんなホモフォビックなゲームは販売差し止めにしてほしいという運動を起こしています。なにせアップルもグーグルも世界的にLGBTフレンドリーを公言している企業だから尚更、というわけです。

このゲーム会社、大阪のハッピーゲイマー(Happy Gamer)というところらしいですが、ツイッターで抗議されて慌ててこのゲームのサイトに「表現について」という急ごしらえの「表現について」http://ahhhh.happygamer.co.jp/expressというページを追加してきました。そこで「このゲームにおいて「性的少数者=人狼」のように表現はされておりません」と釈明したのです。でも、それ以前にこの会社、ツイッターで「#ホモ人狼 あ、ハッシュタグ作ったんで使ってくださいね!」という「人狼=ホモ」という何とも能天気な自己宣伝をばらまいていたんですね。頭隠して尻隠さずというのはこういうことを言うのです。あまりに間抜けで攻めるこちらが悲しくなってきます。

というわけでこの会社が両販売サイトから差し止めを食らうのも時間の問題です。おそらく零細企業でしょうし、「ホモ人狼」などと堂々と宣伝してしまうところから見てもまったく意識がなかったのは明らかですが、「差別するつもりはなかった」という言い訳が通用するのは小学生までです。ユダヤ人に、黒人に、世界中でどれほどそういう名目での差別が行われてきたか、「差別するつもりはなかった」ということをまだ恥ずかし気もなく言えるのもまた日本社会の甘やかなところなのだと、とにかく一刻も早く気づいてほしい。並べて日本の会社はこの種のことにあまりに鈍感過ぎます。

「差別するつもりはなかった」という言葉で罪が逃れられると思っているひとは、「殺すつもりはなかった」という言葉があまり意味のない言い訳であるということを考えてみるといいと思います。こんなことが差別になるとは知らなかったと言って驚く人は、こんなことで死ぬとは思っていなかったと言って驚く人と同じほど取り返しがつかないのです。LGBTに関して、いま欧米社会はそこまで来ています。

ゲイやレズビアンなどの市民権がいまどうして重要なのか。いつから彼らは「ヘンタイ」じゃなくなったのか。私はもう20年以上もこのことを取材し書いてきました。日本企業のこの状況を、ほとほと情けなく思っています。この問題について企業研修をやりたいなら私が無料で話してさしあげます。連絡してください。