日系企業のみなさんへ〜任天堂事件の教訓
記憶に新しいところではこの4月、ファイアフォックスのモジラ社の新CEOがかつてのカリフォルニアでの反同性婚「Prop8」キャンペーンに1000ドルの寄付をしていたために就任10日で辞任に追い込まれました。東アジアのブルネイが同性愛行為に石打ち刑を適用することに対し全米でブルネイ国王所有のホテルチェーンにボイコットが起きていることも大きなニュースです。そういえばロシアの反同性愛法への抗議でソチ五輪で欧米諸国がそろって開会式を欠席したのもまだ今年の話でした。
性的少数者への差別や偏見に対してかくも厳しい世界情勢であるというのに、どうして大した思想も覚悟もあるわけでない任天堂米国社が、6月に発売するソーシャルゲーム「Tomodachi Life(日本名ではトモダチ・コレクション=先にコネクションとしたのを書き込み指摘により修正しました)」の中で同性婚が出来なくなっているのでどうにかしてほしいと言うファンからの要望に対して「任天堂はこのゲームでいかなる社会的発言も意図していません」「異性婚しかないのは、現実世界を再現したというよりは、ちょっと変わった、愉快なもう1つの世界だからです」と答えてしまったのでしょうか。
実は同じことは日本版リリース後の昨年暮れにも起きました。このときは日本国内での話題で、一部外国のゲームファンの中からも問題視する声がありましたが、任天堂はこれを「ゲーム内のバグ」と言いくるめて押し通し、肝心の同性間交際の問題には正面からはまったく対応しませんでした。そして今回に至ったのです。
これはマーケティング上の大失敗です。なぜならこれは、米国では誰から見ても明白に「大きな問題」になることだったからです。そして、同性婚を連邦政府が認めているアメリカで「異性婚しかないのは」「現実世界」とは違ってそれ「よりはちょっと変わった愉快なもう1つの世界」の話だからだと言うことは、まるで同性婚のある現実世界はその仮想世界よりも楽しくないという、大いなる「社会的メッセージ」を発することと同じだったからです。
果たしてこれをAP、CNN、TIME、ハフィントンポストなど、米国のほぼ全紙全局が一斉に報じました。AP配信の影響でしょうか、アメリカのゲーム関連のニュースサイトもちろん速報しました。「任天堂は同性婚にNO」という批判文脈で。それでもまだ任天堂は気づいていなかった。というのもハフィントンポストからの取材に対して日本の任天堂は「すでに発売された日本で大きな問題になってはいませんし、まずはゲームを楽しんでいただきたい」とコメントしたのです。
http://www.huffingtonpost.jp/2014/05/08/nintendo-tomodachi_n_5292748.html
「日本では昨年発売されたものですし、お客様にも大変喜んでいただいています。
ゲームの中で、結婚したり、子供を作ったりという部分が特徴的なのは確かですが、それだけではありません。いろいろなことができるゲームですし、その部分のみが取り上げられるのは、ゲームの中身が理解されていないのかな、という印象です。まだ海外では発売すらされていないので、そういった報道になるのかもしれません。すでに発売された日本で大きな問題になってはいませんし、まずはゲームを楽しんでいただきたいと思います。」
そして翌9日、任天堂は謝罪に追い込まれました。「トモダチ・ライフにおいて同性間交際を含めるのを忘れたことで多くの人を失望させたことに謝罪します」と。
We apologize for disappointing many people by failing to include same-sex relationships in Tomodachi Life.
TIMEは次のようにこの謝罪も速報しました。
The company issued a formal apology Friday and promised to be "more inclusive" and "better [represent] all players" in future versions of the life simulation game. The apology comes after a wave of protests demanding the company include same-sex relationships in the game
もっとも、任天堂は例の「社会的発言」云々のくだりなど、それ以前のコメントの「間違い」への反省の言及は一切ありませんでした。
LGBT(性的少数者)の人権問題に関してどうして日系企業はかくも鈍感なのでしょう。そもそもアメリカに進出していてもLGBTという言葉すら知らない人さえいます。かつて日系企業の米国進出期には女性差別やセクハラ、人種差別やそれに基づくパワハラが訴訟問題にも発展し、多くの教訓を得てきたはずです。にもかかわらず今度はこれ。実際は何も学んでこなかったのと同じではありませんか。
性的「少数者」として侮ってはいけません。米国社会では親しい友人や家族の中にLGBTがいると答えた人は昨年調査で57%います。同性婚に賛成の人は先日のCNN調査で59%にまで増えました。所謂ゲーム世代でもある18歳〜32歳の若年層に限ると、同性婚支持の数字は68%にまで跳ね上がるのです(ピューリサーチセンター調べ=2014.3.)。
つまり、LGBTに関して「あいつオカマなんだってさ」「アメリカにはレズが多いよな」などという言葉を吐こうものなら、あなたは7割の若者から差別主義者の烙印を押されることになるのです。それで済めば良いですが、もしそれが職場や仕事上の話題ならば、訴訟になり巨額のペナルティが科せられます。冒頭に挙げた例はビッグネームであるが故の社会制裁を含んだものですが、アメリカでは最近、せっかく新番組のTVホストに決まっていた双子の兄弟が過去のホモフォビックな活動を問題視されて番組そのものがあっというまにキャンセルされてしまった例もあります。こう言ったらわかるかもしれません。アメリカ社会で黒人にニガーという言葉を投げつけただけであなたは社会的にも経済的にも大変困ったことになります。その想像力をそっくりLGBTに対しても持つ方がよい。ホモフォビックな性的少数者に差別と偏見を向ける人は、よほどの宗教的な確信犯ではない限り、すでにそちらこそが少数派の社会的落伍者なのです。
そんなこんなで任天堂問題がツイッターなどを賑わしているさなかに、大阪のゲーム会社がまた変なことをやらかしていることが発覚しました。
ノンケと人狼を見分けて「(ホモ)人狼」を追放する「アッー!とホーム♂黙示録~人狼ゲーム~」だそうです。
こうなるともうわけがわかりません。
これがアップルやグーグルのゲームアプリとして発売されるというので、いまツイッターなどでみんながアップルとグーグルにこんなホモフォビックなゲームは販売差し止めにしてほしいという運動を起こしています。なにせアップルもグーグルも世界的にLGBTフレンドリーを公言している企業だから尚更、というわけです。
このゲーム会社、大阪のハッピーゲイマー(Happy Gamer)というところらしいですが、ツイッターで抗議されて慌ててこのゲームのサイトに「表現について」という急ごしらえの「表現について」http://ahhhh.happygamer.co.jp/expressというページを追加してきました。そこで「このゲームにおいて「性的少数者=人狼」のように表現はされておりません」と釈明したのです。でも、それ以前にこの会社、ツイッターで「#ホモ人狼 あ、ハッシュタグ作ったんで使ってくださいね!」という「人狼=ホモ」という何とも能天気な自己宣伝をばらまいていたんですね。頭隠して尻隠さずというのはこういうことを言うのです。あまりに間抜けで攻めるこちらが悲しくなってきます。
というわけでこの会社が両販売サイトから差し止めを食らうのも時間の問題です。おそらく零細企業でしょうし、「ホモ人狼」などと堂々と宣伝してしまうところから見てもまったく意識がなかったのは明らかですが、「差別するつもりはなかった」という言い訳が通用するのは小学生までです。ユダヤ人に、黒人に、世界中でどれほどそういう名目での差別が行われてきたか、「差別するつもりはなかった」ということをまだ恥ずかし気もなく言えるのもまた日本社会の甘やかなところなのだと、とにかく一刻も早く気づいてほしい。並べて日本の会社はこの種のことにあまりに鈍感過ぎます。
「差別するつもりはなかった」という言葉で罪が逃れられると思っているひとは、「殺すつもりはなかった」という言葉があまり意味のない言い訳であるということを考えてみるといいと思います。こんなことが差別になるとは知らなかったと言って驚く人は、こんなことで死ぬとは思っていなかったと言って驚く人と同じほど取り返しがつかないのです。LGBTに関して、いま欧米社会はそこまで来ています。
ゲイやレズビアンなどの市民権がいまどうして重要なのか。いつから彼らは「ヘンタイ」じゃなくなったのか。私はもう20年以上もこのことを取材し書いてきました。日本企業のこの状況を、ほとほと情けなく思っています。この問題について企業研修をやりたいなら私が無料で話してさしあげます。連絡してください。
Comments
今回問題となったゲームはRating:E(6歳以上対象)なので
未成熟な者に対する賛否が関わってきます
18歳~32歳に68%の同性婚賛同者、と挙げられていますが
この場合必要となるのは同性愛教育賛同者の数字と思います
Posted by: Anonymous | May 13, 2014 10:41 PM
こんにちは。
私は以前から北丸先生のラジオでのお話や様々な場所での文章を読み、感銘を受けて勉強をさせて頂いている者です。
今回はこの任天堂のゲームソフトとそれを巡っての問題について、個人的に感じたことがありましたので初めてコメントをさせて頂きました。
多くの方が仰るように、同性婚システムの実装を求める要望に対しての任天堂の初回の回答が、この騒動の一番の原因だと私も思います。
任天堂のコメントから感じられた性的少数者に対する無理解と無関心が多くの人の心を傷つけ、また怒らせました。任天堂は大きな失態を犯したのだと思います。
しかし同時に、事の発端であるゲーム内に生じた不具合と、それに伴う誤解、そして一人の任天堂ファンのゲイの青年の要望が、複雑に絡み合った結果、今回任天堂に関してもトモダチコレクションに対しても大きな誤解が生まれてしまったことが私はとても悲しいのです。
このトモダチコレクションでは、ゲーム内で同性婚が出来ないという、欧米での時流にそぐわないと思われる不自由さが取りざたされましたが、一方では同性婚が出来ないこと以外はとても自由です。
キャラクターを作成する際に使う顔や体のパーツ、服などは男女ともに全て共通のものが使用できます。端的に言えば、最初の聖別選択以外はほぼ自由に自分でキャラクターを作成できるということです。
私と私のゲイの友人はそのシステムを活用して、ゲーム内で疑似同性婚やいろいろなことを楽しみました。
ここにも誤解があるのですが、作ったキャラをプレイヤーは操作できず、キャラは勝手に自立して動き生活をします。
私を模したキャラクターが友人に告白をしてフラれたり、友人のキャラが私の父を模したキャラと結婚をしたりするのをみて、私たちは笑い転げました。
そこは私たちにとってまさしくもう一つの楽しい世界でした。キャラクター達は自由に生活をし、現実の世界で感じる窮屈な思いをすることもなく、その世界は私たちを決して傷つけませんでした。
その様に楽しんでいたのは私たちだけではなかったのでしょう。データ的には異性婚なのですが、同性婚にしか見えないカップルのデータの写真がネットに貼られました。そしてその画像を見た人々は今回のトモダチコレクションでは同性婚が出来るのではと勘違いをし、その噂と画像は海外にまで流れ、同性婚に期待する海外のユーザーまで生み出しました。
そして同時に、上記の仕様とは全く関係のないバグが発生し、問題をややこしくしました。
このトモダチコレクションには前作があり、その前作から今作へキャラデータを引き継ぐサービスが実施されていたのですが、そのデータ引き継ぎの際、キャラデータが混ざり合い、誤ったキャラの表示が行われるバグが発生したのです。
このバグは放置するとゲーム内のデータを破損する危険のある重大なバグであり、任天堂はバグを修正し、問題は収まりました。
しかしこのバグの修正と、キャラの容姿を自由にエディットして疑似同性婚を楽しんでいる画像とそれに伴う噂が、海外に伝わるうちに合わさり歪んでいき、「同性婚要素をバグとして任天堂が削除した」「任天堂は同性婚自体をバグとして扱った」という誤った情報として広がっていきました。
その後任天堂ファンのゲイの青年が、トモダチコレクション内で同性婚が出来ないことを知り、要望を任天堂に送りました。そして他の人々にも自分の意見に賛同してくれるように呼びかけたのです。
青年は要望の映像をネットで発信し、任天堂のキャラクターが飾られている自室から青年は自分もゲームの中で恋人と結ばれたい、是非同性婚を実装してほしいということを任天堂に伝えました。
要望に対する任天堂の回答は先生もご存じの通り配慮に欠けたもので、このコメントと先ほどのバグに対する任天堂に対する誤解が合わさっていった結果、大手メディアが次々に取り上げる事態に発展していきました。
始めに要望を出した青年は任天堂のファンであり、不買運動にはしたくない、あくまで要望として意見を送りたいと述べていたのですが、事態は一人のファンの要望という形を大きく超えるものになっていきました。
今回は任天堂の回答に大きな問題があり、またトモダチコレクションは欧米で発売するには時代錯誤の部分があったのだとおもいます。
しかし内容は決して性的少数者を迫害したり差別するものではありません。性的少数者の人も含めた多くの人々が楽しめるゲームであると断言できます。
他の日系企業に漏れず任天堂もこの種の問題に不得手であることがあらわになりましたが、事態を受けて修正されたコメントには、次回作があった場合の対応が明記されていました。
コメントを読んだ人の中にはどうせ言い逃れで次回作を出す気もないのだろう感じた人も少なからずおられたようですが、任天堂が次回作にユーザーの要望を盛ると明言するのは異例のことです。(もちろん毎回新作はユーザーの感想を反映させた改善は行われますが、ユーザーは実際ゲームを触るまでわかりません)
その様な彼らが今回、次回作に要望を反映させると明言したということは、任天堂がことを重大に受け止めていることの表れでしょう。
任天堂はこれまでも苦境に陥るごとに自身を生まれ変わらせ復活をしてきた企業なので、その実績からも、彼らがこれからも多くの人々を楽しませてくれる企業であり続けてくれるだろうと私は感じています。
気が滅入る程に長いコメント、申し訳ありません。
このことに熱心に取り組んで頂いている先生には、任天堂のファンである私や友人達の思いを是非知って頂きたいと思い書いてしまいました。
これからも先生のさらなるご活躍を願っています。
(細かいことで申し訳ないのですが、TomodachLifeの日本の商品名はトモダチコネクションではなくコレクションです。)
Posted by: Anonymous | May 14, 2014 09:50 PM
長文のコメントありがとうございます。
任天堂のこのゲームのことがとてもよくわかりました。じつに面白そうなゲームですね。
そうなんです、これはゲーム自体の問題というよりは、そのつど出した任天堂のコメント、声明の問題だと私は思っています。
ゲームを開発した部署と、企業として外部からの意見にどう対応するかを担当する部署はもちろん違います。ゲーム開発部署はそれは大変緻密な骨の折れる計算やプログラムを行って一つのアプリを完成させるのでしょう。そこでは余計な外野の声は邪魔なだけです。ほとんどはすべて考慮に入れての開発なので、「わかってるって!」という感じだと思います。
だからこそそうした外に向けた対応、この場合は苦情や要望に対する対応は、広報部が身を以て行わねばなりません。任天堂広報が、とても苦労してこのゲームを世に送り出した開発担当部署に遠慮して、とにかく防御に回った、これ以上開発部署の手を煩わせることなくなるべくそのままで済むよう対処した、ということは想像に難くありません。これも理解できなくはないのです。
ただ、今回の場合は、おそらくそれでは済まないだろうということは、上記、私の書いたテキストの文脈のとおりです。その状況分析、リスクに関するアセスメント、それが甘かった、ということが言えると思います。
そしてその判断の甘さには、日本の企業だからこその、LGBTの人権問題に関する認識の甘さがあったということなんでしょう。この日本社会にして、この日本企業ありき、だからです。そういう意味では任天堂はこの日本社会の在り方のとばっちりを受けたのかもしれません。
でも、優秀な企業は日本社会の先を行くものです。トヨタの米国でのディーラーたちは90年代からLGBT向けのCMを打ってきました。スバルもナブラチロワをメッセージパースンに起用してレガシーは一時「レズビアン・カー」とまで揶揄されたほどです。でもその方向性はいま正しかった。
こう考えればわかります。このゲームで黒人の(ように見える)アバターと白人もしくはアジア人の(ように見える)アバターが結婚できない設定になっている。
これはたとえバグであったとしても、大変な問題になるだろうということはわかります。これは相当慌てますよね。そうして広報は一生懸命資料をそろえて開発部署と善後策を話し合うようにするでしょう。
私は、今回の問題は、ですから、そうした外部からの徴候を受けていながらそれを大事だとは感じなかった、広報部の危機管理に対する認識不足だったと思うのです。初めに要望を出した任天堂のファンであるこの重要な顧客である青年も、それにがっかりしたんだと思います。
改めて、コメントありがとうございました。あなたのおかげで開発担当部署の苦労と名誉について触れることができました!
Posted by: きたまる | May 15, 2014 01:32 AM