クーバ・リブレ!
キューバとの国交正常化に向けてのホワイトハウスの動きには驚かされました。どの報道機関もスクープできなかった「青天の霹靂」でしたが、じつは昨年6月ごろからオバマ政権とカナダ、さらに仲介役としてこれ以上は望むべくもないローマ法皇庁のあいだで水面下の交渉が行われていたようです。オバマは大統領就任以前からキューバとの問題を解決したいと意欲的でしたし、そこに昨年3月、国際問題でも平和と公正を訴えて積極的にコミットする人物が法王になった。下準備を経て今年2月のオバマ・フランシスコ会談ではこの問題が内密に直接話し合われたといいます。
20年前にキューバに訪れたことがあります。ちょうどソ連崩壊でサトウキビと石油とのものすごい好条件のバーター貿易体制が崩壊した後で、この社会主義の優等生国が困窮の配給制を実施、路上に初めて物乞いの子たちが立つようになっていたころでした。
キューバではフィデルとエルネストという名前の人がとても多い。それは59年のバチスタ政権打倒でカストロとゲバラが英雄となり、当時生まれた男の子に多く彼らの名前が付けられたせいです。20年前のキューバでは、そのフィデルとエルネストたちが経済危機と独裁の圧政でその自分の名祖を罵っていました。
もっともキューバは他の社会主義の(ジメジメしたり暗かったり寒かったりする)どの国とも雰囲気が違っていて、それはきっとあの南国の明るい空気とスペイン語の陽気な発音のせいなんじゃないかと思いました。首都ハバナは新市街と旧市街に分かれていて、ヘミングウェイの愛した旧市街のバーでクーバ・リブレ(「キューバに自由を!」という名前のラムとコーラとライムのカクテル)などを飲んでいると若いお兄ちゃんが手招きしてきました。何だと思って近寄ると、いいものがあると言って路地に連れて行かれます。そこでそのお兄ちゃん、おもむろにズボンのベルトを外し、腹からコヒーバの葉巻を取り出すのでした。
コヒーバやモンテクリストは世界最上等の葉巻銘柄で、禁輸のせいでアメリカでは絶対に手が入らない垂涎の的でした。それが随分と安い。葉巻工場で働いている友達がこの経済混乱の中、生活のために横流しして観光客から米ドルを稼いでいるのだと言います。もっとあると言うので付いていくとたしかに木箱に入った「工場直送葉巻」が山積みになっていました。葉巻なんか吸わなかったけれど2箱買うとその夜、そのお兄ちゃんは街の裏側を案内してくれました。
友達がカリブ海を渡ってアメリカにイカダで亡命したという若者の家にもこっそりと取材に行きました。お母さんは配給手帳を見せてくれて、芋とババナしか手に入らないとカストロのダメさ加減を激しく非難していました。親戚にもアメリカに逃げた人がおり、ドルを地下送金してくれるネットワークのことも聞きました。自分たちもいつか亡命したいと言っていましたが、彼らはいまどうしているのかなあ。
それでもカストロ体制は90年代をなんとか乗り切り、21世紀に入ってからは各種経済システムの自由化を実施して、最近ではエボラ禍の西アフリカに国家事業でもある医師団の大量派遣を行って面目を施していました、米国内でもついひと月ほど前、この国際貢献に免じて経済制裁の緩和という動きも報じられていたのです。
ところがその一方で今年の原油急落はキューバにも大きな影を落としていました。ソ連の代わりにキューバを支えていた産油国ベネズエラが経済破綻に直面し、それがキューバ経済に波及していたのです。ラウル・カストロ政権としてもオバマ政権のこの「太陽政策」は渡りに船だったはずです。
もちろん、カストロ革命で米国に亡命せざるを得なかった当時の既得権益層はいつかキューバを取り戻そうと復讐心に燃えていたのですが、このオバマの方針変更でカストロ体制が延命するとカンカンです。でも、亡命移民の二世、三世はむしろこれを歓迎している。共和党の有望株マルコ・ルビオ上院議員(42)はキューバ系で、国交回復反対の急先鋒ですが、それはむしろ世代的には少数派。オバマ民主党は、200万人近いこのキューバ系有権者の票勘定もしたはずです。それはフロリダ州での次期大統領選にも関係してくるし、フロリダのヒスパニック票がいまプエルト・リコ系の方が多いという事実も分析したはずなのです。
ところで、来年から上下両院で多数派となる共和党は国交再開のための予算執行や経済制裁解除で徹底拒否に回るでしょう。大使館の設置にしてもその建設費などは議会の承認を経ないと出てきませんから。そこでオバマとしては大統領令でできる細々としたことで先に既成事実を積み重ねてゆく、という算段でしょう。共和党としても反対一本槍では、150kmも離れていないカリブ海の隣国との関係として、果たしてどれだけ支持されるでしょうか。じじつ、日本と違って党議拘束などない米国議会では、この国交再開を歓迎している共和党議員も出ています。なにせ50年以上も経済制裁を続けて埒が開かなかったのは、転機を訴えるのによいタイミングだったのかもしれません。
それにしてもオバマは中間選挙での敗北を経て、逆にオバマらしさを打ち出してきて、レイムダックになるのをまったく感じさせません。まあそれも来年の議会との攻防を見なくては判断するに早いでしょうが。