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July 19, 2016

分裂する共和党をつなぐもの

クリーブランドの共和党大会は波乱の幕開けでした。CBSの人気トークショーホストのコメディアン、スティーブン・コルベアが大会リハーサルの最中に突然、映画「ハンガー・ゲーム」の司会者役の扮装で勝手に壇上に上がり込み、「ハンガーゲームの始まり〜!」と叫んで退場させられるという一幕がありました。もちろんトランプをめぐる一連の共和党内の〝骨肉の殺し合い〟を皮肉ったものです。

波乱は開会後も続きました。反トランプ派の代議員が予備選の結果にとらわれずに投票できるよう規則を変更せよという〝反乱〟を起こそうとして叶わず、一斉に会場を立ち去るという事態が起きたのです。おまけに大統領経験者のブッシュ親子やブッシュ弟ジェブ、元大統領候補のロムニー、マケイン両氏ら重鎮も「アイスクリーム・パーティーがある」(何と重大な用件でしょう!)とか「仕事がある」とかいう理由で大会に姿を見せませんし、予備選を戦った地元のケーシック・オハイオ州知事でさえ目と鼻の先にいながら欠席なのです。

共和党内だけではありません。党大会にスポンサー支援していたコカ・コーラやペプシコ、フェデックス、ビザ、アップル、フォードなど数十の法人や個人が今回はスポンサーを降りました。これで資金不足に陥った大会準備委員会が、600万ドル(6億円)もの援助を共和党支持の大富豪、カジノ・ホテル王のシェルドン・アデルソンに依頼したという手紙も先週暴露されました。それもこれも、女性や移民、障害者などのマイノリティに関するこれまでのトランプの差別コメントが原因です。

そもそも共和党は福音派などのキリスト教右派とか男性主義を貫こうとする銃規制反対派だとか、政府はカネを使うような余計なことはするな(=オレたちから余計な税金は取るな)式の小さな政府主義のリバタリアンとかネオリベの大企業や富裕層とか、あるいは異人種異文化を嫌う白人主義の南部・中西部の労働者層とか、利害も思惑も向いてる方向もまったく違う人々の奇妙な集合体なのですが、その微妙な均衡状態がトランプという稀代のトリックスターの登場で崩れてきているのです。そんな分裂を象徴するかのように、共通する団結の象徴はただ一つ、「Lock Her Up!(あの女を牢屋に入れろ!)」と、メール問題のヒラリー・クリントンへの敵対心を連呼することでした。いわばそれだけがこの共和党全国大会の全員共通のテーマなのです。

最新の世論調査ではトランプvsクリントンという二者択一に、58%もの有権者が不満を持っているという結果が出ました。こうした状況で、いま最も不気味なのがこれまでの大統領選で何度も共和党の黒幕として動いてきた大富豪コーク兄弟の動向です。石油化学産業「コーク・インダストリーズ」のこの経営者兄弟はともにフォーブズの富豪十傑に入る大金持ち。というか会社は上場していないので、全部が親族経営で自分たちのもの。結果、2人合わせると計800億ドル(8兆円)という資産を持っているとされるのです。これは世界一の大富豪ビル・ゲイツの資産750億ドルをも凌駕する額です。

そのコーク兄弟は予備選ではずっと茶会系のテッド・クルーズを応援し、かつ、彼らが支援する共和党政治家を金持ちにシッポを振る「操り人形」とコケにした(もちろん自分はカネがあるからそんな必要はない、と自慢する)トランプを毛嫌いしてきました。

しかしここにきてトランプが副大統領候補として選んだのがインディアナ州のマイク・ペンス知事でした。実はこのペンスがコーク兄弟と昵懇で、本選挙でこれまでのように自費で選挙費用を捻出し続けるのがとうとう困難になってきたトランプにとって(彼の資産は40〜50億ドルほどでしかありません)、コーク兄弟との重要なパイプ役を果たすのではと言われているのです。ひょっとしたらこの「カネ」こそが、共和党の内部分裂を繋ぎ止める、「クリントン」以外のもう一つの共通項かもしれません。「カネ」を仲介させて、トランプはコーク兄弟と、すなわち共和党の中央とがもう一度手を結ぶ。仮面の結託。何せコーク兄弟にとって、毛嫌いの度合いはトランプなんかよりもずっとビル&ヒラリー・クリントンの方が強いのですから。

もっとも、このトランプ=コーク連合は間違いなくクリントンにとっても絶好の攻撃材料になります。それはトランプがこれまで攻撃してきたエスタブリッシュメントとの、トランプ自身の結託だからです──しかしまあ、トランプの支持者層というのはそんな「矛盾」を気にするような繊細な人たちではありませんが。

July 12, 2016

生ぬるさの裏側で

「改憲勢力が3分の2議席」という今回の参院選の結果を、NYタイムズはアメリカの大統領選やイギリスのEU離脱国民投票とは異なって「ポピュリズムの激しい感情のうねりを必要とせずに達成された。日本の選挙は現状への諦めを反映しているようだ」と論評しました。「大衆はハッピーじゃない。けれど投票で何かが変わるとも思っていない。自民党への支持はせいぜい生ぬるい程度のものでしかない」というテンプル大学アジアン・スタディーズ部長ジェフ・キングストン教授のコメントも合わせて。

この「生ぬるさ」を、高知新聞が興味深いアンケートで裏打ちしています。高知市内で100人に質問したところ、今回の参院選での「3分の2議席」の意味を83人までの人が知らなかったというのです。

「3分の2」というはもちろん憲法改定の是非を国民投票にかけるために必要な議席数です。自民、公明を中心とした改憲派が3分の2を占めたのがこの参院選でもあったのですが、その一方で憲法を変えることに賛成の人はアンケートの100人中35人、反対の人は51人ですから、憲法改定には漠然とでも抵抗がある。けれど「3分の2」のことは気にしていなかったというわけです。

今回から始まった18歳選挙権にしても、蓋を開ければ18、19歳の投票率は45%そこそこ。全体よりも9ポイント以上低いものでした。

どうしてかくも政治への関心が「生ぬるい」のか? ロイターは「人口減少、社会保障制度の先細り、生まれてからずっと停滞している経済まで、日本の若者は不満の種に事欠かないのに」といぶかります。そして「日本の若者は、学校でほとんど政治に触れていない。政治活動のイメージを悪くさせた1960年代の暴力的な学生デモが残した『遺産』なのかもしれない」と推測します。

その「学校」のことで、自民党のウェブサイトが参院選のさなかに「教育現場の中には『教育の政治的中立はありえない』あるいは『子供たちを戦場に送るな』と主張し中立性を逸脱した教育を行う先生方がいる」として、「政治的中立を逸脱するような不適切な事例を具体的(いつ、どこで、だれが、何を、どのように)に記入してください」と〝タレ込み〟〝密告〟を促す書き込み欄を設けていたことが明らかになりました。

「子供たちを戦場に送るな」が「中立を逸脱した教育」なのか、という激しい反論がネット上で渦巻いて、自民党は即刻この文言だけは削除しましたが、「密告の勧め」はまだそのまま残っています。この後味の悪さは実は今の教育現場では「後味」ではなく今も舌の上で続く味なのかもしれません。

さらには都知事選に出馬しようとした石田純一さんに対し、政治的行動をしたことでのCMや番組出演に関する違約金が「数百、数千万円」に上るという芸能界の「非政治」圧力もまた、アメリカから見ていると本当に不思議な現象なのです。「日頃から政治に関心を持ちなさい」という時間をかけた〝教育〟が、こういう現象で一気に否定される「反政治」社会を見ていれば、若い人たちが「触れぬ〝政治〟に祟りなし」と感じるようになるのは至極当然なことに思えます。実際、学校で政治のことを話したりすれば生徒や学生同士で「意識高い系」として敬遠される風潮はずっと以前から続いていて(生徒会の会長選にだって立候補者がいないという状況はかねてより指摘され続けてきたことです)、昨年来の学生たちによるあの「SEALDs」運動も、そんな圧倒的な現状への異議を申し立てようというささやかな胎動でした。

もっとも、大人社会でできないことが、若者社会ならできるというのは青春というものへの淡い妄想で、この親にしてこの子ありなのはいつの時代もどの世界でも同じなのかもしれません。

ただ、もう一つ、いつの時代もどこの世界でも共通していることがあります。

それは、政府の言うことは常に「政治的中立」で、それ以外は「中立性を欠く」と言うのは、独裁国家の物言いだ、ということです。それを通用させるには、その前にまず「政治を語らない、関心がない」という世間一般の「生ぬるさ」が必要だということもです。なぜならいつの時代でもどこの世界でも、権力は常にそんな「生ぬるさ」の裏側で策動しているのですから。