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April 19, 2017

ハイパー共和党政権

北朝鮮問題の気がかりの一つは、米軍というのはこれまで本格展開した後で何もせずに引き返したことがほとんどないことです。数少ない例外は62年のキューバ危機でしたか。でも、いま対峙しているのはケネディとフルシチョフではなく、先週も書いたとおりトランプと金正恩です。
 
ところが先週から今週にかけ、トランプ政権の雰囲気が何やら明らかに変化してきました。シリア・アサド政権へのトマホーク攻撃、アフガン・イスラム国に対する大規模爆風爆弾(MOAB)の投下といったあからさまな軍事的見せびらかしに、一気に北朝鮮への先制攻撃の可能性が取りざたされましたが、不意に自制的、抑制的な発言が目立つようになった。

何と言ってもマクマスター補佐官(安全保障担当)の16日の発言「平和的解決のために、軍事オプションに至らぬ(short of a military option)すべてのアクションを取る」です。17日にはスパイサー報道官が「トランプ政権は北朝鮮にはレッドラインを設けない」とまで言っていました。

イケイケどんどん破茶滅茶煽動パタンからのこの変化は何なのでしょう? 私はこれは、トランプ政権が看板こそトランプという破天荒なトリックスターの姿を維持しながらも(それが彼が当選できた理由でしたから)、その内実は密かに従来型の共和党政権に戻そうとしている、そんな兆候の最初の表れではないかと勘ぐっています。

人事を見ればわかります。大衆への煽りとフェイクニュースでトランプ政権の「性格」そのものだった"影の副大統領"スティーブ・バノン首席戦略官が国家安全保障会議(NSC)から外れたのは、習近平との米中首脳会談(6〜7日)が行われる直前でした。バノンが主導してきた入国禁止令やメキシコの壁、オバマケア撤廃などのブチ上げ型の政策はいずれもうまく行っていません。おまけにロシアゲートの影がつきまとうのです。

ロシアとの関係で辞任したマイケル・フリンの後釜となったマクマスターの入閣条件は、NSCの人事を自分に任せてほしいということでした。そこでバノンが外れ、ダンフォード統合参謀本部議長らが常任メンバーに戻った。マクマスターは陸軍中将、ダンフォードは海兵隊大将です。そこに同じく海兵隊大将だったジェイムズ・マティス国防長官がいて、トランプ政権の外交政策の主要な一端を担うことになったのです。

もう一端は石油メジャー最大手エクソンモービル会長だったティラーソン国務長官、そして「倒産王」と呼ばれた銀行家・投資家のウィルバー・ロス商務長官です。ロスはトランプを例のタージマハルホテルの借金地獄から救った男です。この産業界のやり手たちが文民・経済外交の担い手です。そしてそこには財務長官のスティーブン・ムニューチン、国家経済会議(NEC)議長のゲーリー・コーンといったゴールドマン・サックス(GS)出身の金融界が控えている。

結果、今どういうことが起きているかというと、中国との貿易戦争は起きておらず、選挙公約だった為替操作国指定も北朝鮮交渉の労に免じてペンディングされています。オバマ政権の遺産であるとして破棄すると言っていたイランと核合意は破棄に動いていず、在イスラエル米国大使館のエルサレム移転も聞こえてこない。つまりアメリカ政府の外交は、なんだか少し落ち着きを取り戻しているのです。

それもこれもバノンが外れ、代わりにイヴァンカとクシュナーの娘夫婦が台頭し、そこに従来の軍産共同体に金融も加わった軍産金共同体の思惑が結集し、より強大なハイパー共和党型の政策が実行されようとしているからではないのか? それが発足100日を経てやっとまとまりつつある、まさに旧態依然のエスタブリッシュメントとしてのトランプ政権の正体ではないのか?──それが今現在のトランプ政権に対する私の印象です。

でもそれは、エスタブリッシュメントでがんじがらめになった閉塞状況の中で、そこを打ち壊してもらいたいと願って彼を支持した白人労働者達には、いったいどう映るのでしょうね。

April 11, 2017

予測不能な2つの要素

オバマがシリアの化学兵器使用に軍事介入を模索した2013年から14年にかけ、当時のドナルド・トランプは武力攻撃に反対するツイートを19回も繰り返していました。それが今回、なぜ急に方向転換して60発ものトマホークを射ち込んだのでしょう?

ホワイトハウスの伝えたかった物語は「大統領は犠牲となった子供たちの姿を見て決断した」というものでした。トランプ自身はさらに「アサドのこの残虐行為はオバマの弱腰と優柔不断のせいだ」ともツイートして相変わらずのオバマ責め。でも自らの過去との矛盾には頰かむりを決め込んでいます。

子供たちは毎日、世界中で殺されています。アメリカ大統領が人間味溢れた優しい人物だというのは好ましいことですが、ならば大統領を動かすには彼に悲惨な動画を見せればよいということになります。そんなことはない。そこにはもっと政治的な判断が働いているはず、いや、働いていなければなりません。

タイムラインで確認しましょう。シリアで化学兵器が使われたのは米国東部時間で3日深夜のことでした。やがて全米にもその悲惨な状況が放送され始めます。

4日午前10時半、情報当局による定例ブリーフィングで大統領は女性や子供たちが犠牲になったという情報をビデオや写真付きで知らされたということになっています。トランプはここで何らか軍事行動を決心したようで、同日中にさらに国家安全保障会議(NSC)が招集され米国が取り得る選択肢を検討するよう指示しています。

5日はヨルダン国王との面会がありました。午後1時にホワイトハウスで共同会見があり、そこでトランプは「シリアは一線を超えた。レッドラインを超えた」と発言。すでに軍事行動の腹を決めていたと窺えます。NSCはその日、具体的な軍事作戦の絞り込みを行いました。そこで決まったのが必要最小限のピンポイント攻撃。戦線は拡大させないということです。

そして6日は最大のイベント、フロリダの例のマール・ア・ラーゴで2日間の米中首脳会談が始まる日でした。一方で午後4時、トランプはシリア空軍基地へのミサイル攻撃にゴーを出します。発射時刻は首脳会談の会食もデザートにさしかかろうとする午後7時40分。そうしてその時がやってきて、トランプは習近平にシリア攻撃を報告しました。

ところでトランプ政権はその前週に、アサド退陣は優先事項ではないとしてオバマ時代からの政策の転換を発表していました。シリア内のISIS(イスラム国)駆逐はアサドとロシアにやってもらうという計画。これはロシアゲートで失職したあのマイケル・フリン安保担当補佐官と"影の副大統領"とも言われたスティーヴ・バノン主席戦略官らの「アメリカ第一主義」一派の戦略でした。

その舌の根も乾かぬうちのアサドへの攻撃。米国はまた「世界の警察」に戻るのか、とも言われています。

いえ、そんなことはありません。これはすべて6日の習近平との会談に向けての行動だったのだと踏んでいます。なぜならシリア攻撃は、アサド政権が本当にサリンを使ったのかを確認してからでも遅くはなかった。むしろその方が国際社会(国連)をも納得させられました。なんといってもシリアは化学兵器を全廃したと国際機関(OPCW)によってお墨付きを得ていたはずなのですから。

しかしトランプ政権は攻撃を急ぎました。この性急な行動はいかにもトランプらしい交渉術に見えます。交渉に入る前に、相手にイッパツかましたのです。北朝鮮問題で、習近平との交渉で「北に対してもやるときはやる。だから速やかにかつ強力に働きかけを行え」という暗黙の、かつ強烈なメッセージを大前提として臨むためです。首脳会談の本題はその翌日に話し合われる予定でした。

トランプは支持率36%という異例の不人気にあえいでいました。不人気の米国大統領は支持率回復のために軍事行動に打って出るというのが常です。トランプはそこでずっと、まずは北朝鮮への軍事行動を仄めかしてきました。

ところが北朝鮮への武力行使はソウルと東京がミサイルの標的になる。難民は押し寄せ韓国のGDPはゼロになる。クリントン政権の1993年から検討されている攻撃計画はリスクが多くて実行不能というのが、この24年間変わらぬ結論です。だから北への強硬手段は、実はブラフでしかない心理戦なのです。

しかしそこに降って湧いたようにシリアの化学兵器使用疑惑が起きたのでした。おそらくトランプはこれで「物怪の幸い」とばかりにシリア叩きをひらめいたのでしょう。シリアはすでに紛争国で、ミサイルを射ち込んでも北朝鮮のようなドバッチリは少ない。おまけに米中首脳会談で中国による「北への圧力」の圧力にもなる。ひいてはシリアの向こうにいるロシア・プーチンに対しても、やるべき時にはやるという自分の毅然さを国内に示すことができて、それはロシアゲートの目くらましにもなるだろう。さらには「化学兵器」「赤ん坊殺し」というキーワードは民主党も反対できない絶対的な不正義だから国内の支持も多いはずだ。ヒラリーでさえニュースを受けてシリア攻撃を要求したのだから……と。

それが今回のトマホーク攻撃でした。結果、攻撃を支持する国民はCBSの調査で57%と過半数。政権支持率も微増したようです。

もう一つ、見逃せない変化があります。トマホーク攻撃までの3日間で、トランプ政権内で重大な人事の変更がありました。白人至上主義者でフェイクニュースでの情報操作も厭わぬスティーヴ・バノンがNSCから外れたという5日付けのニュースです(なんと、私は前回の2月のブログエントリーで、次に辞めるのはスパイサーかケリーアンかバノンかって呟いてるんですな、いや我ながら慧眼慧眼)。そこに本来のメンツであったはずの統合参謀本部議長のダンフォードと国家情報長官のコーツが加わることになりました。これを主導したのがフリンの後任に2月に安保担当補佐官となったマクマスター陸軍中将です。トランプに示した後任就任の条件がまさにこのNSC人事を主導することでしたから。

これはイスラム圏からの入国禁止やオバマケアの撤廃という選挙公約を画策したバノンや、反PC(政治的正しさ)路線の若きスピーチライター、スティーヴ・ミラー補佐官らの白人至上主義かつ反グローバリズムかつ破壊主義的ハチャメチャ一派がいま、トランプの娘イヴァンカとその夫ジャレッド・クシュナー、さらにその2人とつながるマクマスター、ジェイムズ・マティス国防長官、ダンフォードらの軍人閣僚に政権運営の主導権を奪われつつあるということです(実はその奥にもう一つ、国務長官のティラーソンや商務長官のウリルバー・ロス、財務長官のムニューチン、国家経済会議議長のゲーリー・コーンといった産業・金融界人脈が控えているのですが)。

さて、シリア攻撃を終えて現在、トランプは朝鮮半島周辺にカール・ビンソン、ロナルド・レーガンという空母2隻を展開させるなど、いまにも北朝鮮を攻撃するようなシフトを敷き始めました。

軍人というのは実戦の厳しさを知るので実は戦争を嫌います。北への攻撃など頭がおかしくなければできない、というのが24年変わらぬ結論であるということは先に述べました。おまけに北の軍事施設はこの間に地下に潜って攻撃困難となり、瞬時の無力化はまずもって不可能です。つまりアメリカによる平壌への先制攻撃は、次にソウルと東京にミサイルが飛んでくるという展開になります。東京ではそのとき国会、霞が関周辺で42万人が犠牲になります。

だからこそ戦争は、より無理になっているという状況は変わらないのです。

ただしそこでこれまでと変わったことが2つだけあります。それがトランプと金正恩という、2人の予測不能な指導者の登場です。お互いに頭がおかしいと思っているであろうその相手の出方を、お互いが読み間違える恐れはなきにしもあらず。トランプ政権内の軍人閣僚たちに期待するのは、そんな時の正気の状況分析と抑制力なのです。