週明け15日の夕方になって、「トランプ、先週のホワイトハウスの会談でロシア外相にISISに関する重大な機密情報を漏らす」という爆弾スクープがワシントンポストによって放たれました。CNNはそれをWaPo情報として報じ、間もなくニューヨークタイムズが自ら同情報を独自に確認して"Trump boasted about highly classified intelligence in a meeting" (with the Russians.)(高度に機密な情報についてトランプは会談で自慢げに吹聴した)と報じたのです。
「現在のホワイトハウスは空中分解寸前である」という話をアップしたばかりでこれです。トランプの辞任がもし起こるとすれば、発端は先週のコミー解任であり、それに追い打ちをかけたのが今回のこれだということが回顧的に言われることになるでしょう。
どういう話かというと、先週10日のホワイトハウス大統領執務室でのトランプ=ラブロフ会談で、トランプが突然事務方の用意した台本を離れて自分のコンピュータを開け、かくかくしかじかのテロ情報がある、としてシリア国内である同盟国の諜報エージェントが入手したISISのテロ情報──航空機に持ち込むノートブックコンピュータに生物化学兵器を忍ばせるテロ事案という詳細な情報だったとされますが、情報の性質上事実確認はされていません──をラブロフ外相と「大物スパイ」とされる駐米ロシア大使であるセルゲイ・キスリャクに「自慢げに」話した、というものです。
実は米国大統領は米国でただ一人、国家機密情報の開示判断をできる権限を持っています。したがってトランプは事実上、どんな機密を誰と共有しようがそれは合法です。ただしこれは、大統領以外ならば国家反逆罪で死刑にもなる行為です。つまり、大統領は国民から負託されら国民の代表の権限として、と同時に、国民からそういう権限を負託されてしかるべき常識的、理性的、知性的な判断力を有しているということが大前提となって初めて成立する資格なのです。それが非常識で非理性的で非知性的な人物に与えられるということは、そもそも想定されていませんでした。
今回のテロ情報をロシアと共有して何が悪いのか? 実際、トランプは;
As President I wanted to share with Russia (at an openly scheduled W.H. meeting) which I have the absolute right to do, facts pertaining...to terrorism and airline flight safety. Humanitarian reasons, plus I want Russia to greatly step up their fight against ISIS & terrorism
(大統領として、テロ、航空機の安全に関係する事実をロシアと(公に予定されていたホワイトハウスの会談の場で)共有したかった。私はそれを行う絶対的権限がある。それは人道的理由と、さらに、ロシアに、ISIS及びテロとの戦いを大きくステップアップしてほしいからだ)
と16日の早朝になってやっと自分のツイートで"釈明"というか"言い訳"をしたわけです。
しかし、シリア内戦において(というか本来はもっと広範囲においてなのですが)、ロシアはアメリカと敵対しています。ロシアはアサド政権を支援し、アメリカは反政府勢力を支援している。そこにさらにISISがいて三つ巴の戦いなのですが、ロシアはISIS攻撃と言ってアサド政権に敵対する反政府軍勢力をも激しく空爆したりしている。
つまりここで問題なのは、
1)この情報を知ったロシアが、シリア内戦での諜報合戦でこの情報につながるような特定の現地の情報源を割り出し、そこからさらにアメリカの同盟国の諜報要員をも割り出して、手段を選ばずにさらなる別の情報を得ようとするかあるいは抹殺するかしてしまう恐れがある。
2)この情報で動きだすロシアの諜報エージェントにISISがさらに反応して、現在のテロ情報の裏をかくテロ作戦に出て航空機の旅客の生命を脅かす危険がある。
3)この情報をアメリカに提供した同盟国及びその他のすべてのアメリカの同盟国が、トランプのアメリカに情報を提供するとどんなところでその情報が漏れて自国の諜報エージェントさらには諜報ネットワークそのものが崩壊する可能性が出てくると判断し、今度一切、重要な機密情報はアメリカに提供しない事態になる恐れがある。
ということです。
これは、先週問題化したコミー解任にまつわるロシアゲートの捜査妨害、指揮権発動的圧迫、国民への説明責任の冒涜、といった「政治的問題」よりはるかに始末の悪いものです。なぜなら、それらはまだ人間の生命に危害が及ぶ問題ではない。ところが今回の機密情報漏洩は(漏出、と呼んだ方がいいか?)直接様々な人々の命にかかわる問題に直結します。政治問題にする前に、とにかくこの情報漏出によるダメージを早急に手当てするが必要だ。つまり新たな情報の入手とその対策と、同盟国との情報ネットワークの信頼性の回復がまずは急がれる。政治問題化はその次です。そしてその政治問題化の時に、トランプはどう身を処すのか、という話になる。
ホワイトハウスはワシントンポストのスクープ以後、バノンやマクマスターや中枢閣僚が急遽参集して対策に追われましたが、執務室からは彼らが大声で怒鳴り合う声が聞こえてきたほどだそうです。一方でデイリー・ビーストのジャスティン・ミラーのツイートによればホワイトハウスの一般職員たちは自分のオフィスに閉じこもって、まるで死体安置所のように静まりかえっているとか。ピリピリした緊張の中で、みんな息を潜めて次に何が起こるのか、次に誰が怒鳴られるのか、さらには(前回のコラムで書いたように)誰が辞めさせられることになるのか、戦々恐々としているのでしょう。
そんな中でまずは国務長官のティラーソンが「会談ではいろいろと話し合われたが、情報源や情報入手方法、軍事作戦に関しては話し合われていない」という、ワシントンポストの記事を"否定"する”釈明”の声明を発表しました。ところがワシントンポストの記事はべつに「情報源や情報入手方法、軍事作戦」が漏らされたと言っているわけではないのです。まさに「機密情報そのもの」がぽろっとロシア側に披瀝された、と言っている。そしてその情報を得れば、ロシアの優秀な諜報機関が、「情報源や情報入手方法、さらにはそこから導き出される軍事作戦」に至るまで割り出してしまうだろう、ということが懸念されているのです。
それから数十分後、今度はマクマスター安全保障担当補佐官がホワイトハウスの前に出てきて、テレビカメラの前で30秒ほど声明を読み上げましたが、それも「WaPoの報道は誤りだ。私もあの部屋にいたが、情報源は明らかにされていない」と訴えるだけで、報道陣からの質問は一切無視してまた中に引っ込みました。
ところがそのマクマスターの「記事はウソ」(つまり情報漏洩はない、ということですが)声明も、先に触れたその半日後のトランプ自身の「ロシアと情報を共有したかっただけだ」というツイートで、「機密情報が共有されたのは事実だった」と否定されてしまう。
コミーの解任劇の状況説明がトランプと報道官のスパイサーや副大統領のペンスとで全く違ったように、この政府は正式な発表で本当に息をするように平気で事実と違う説明をする。説明責任など、目先の危機を回避するためならどうでもいいと思っている。
ホワイトハウスは、まさにリアリティTVか昼のソープオペラみたいになっています。政策は全く進まず、ボスは癇癪を起こして、ボスを操ろうとする輩たちが政権内部で権力の引っ張り合いをしている。そのうちにまたボスのストレスが高じて何をするかわからない状況になっている。しかもそのボスは、選挙期間中にEメール問題でのヒラリー・クリントンの機密情報の扱いを口を極めて罵っていた人物です。こんな余計なドラマなど必要ありません。
トランプが大統領になる前、私はあちこちで「トランプが国家機密情報を握ったら、辞めた後でも自分のビジネスとかに秘密情報を躊躇なく使う。そんな危険なことはない」と公言していました。しかしまさか大統領就任117日目というこんな時期に、国家機密の重要性を認識せずにこんな形で「危険」をもたらすとは、さすがにこれは想定外でした。
でも思うのですが、ホワイトハウス大統領執務室でのラヴロフ=トランプ会談、その場に居合わせた人間は限られます。そこでの情報がワシントン・ポストに漏れた。側近で、後顧を憂いてその情報を流した者が存在するわけです。それはいったい誰なのか? うーむ。
後顧を憂えて、トランプよりも、一大統領なんかよりも、自分の祖国にこそ忠誠を尽くす人物。
それが例えばあのマクマスターだったとしたら? ロシアゲートで訴追されそうなマイケル・フリンの後任として、ホワイトハウスの安全保障担当補佐官として立て直しに入ってきた陸軍中将。就任の条件として安全保障担当のスタッフの人事を自分に委ねてくれと迫った人物。
そういうドラマなら面白いな、と、よその国の話だからこそちょいと思ってもしまうのですが。
……とここまで書いた時に、ニューヨークタイムズが、今回のロシアへ提供の機密情報は、イスラエルからもたらされたものだというスクープを報じました。見出しは次のようなものです。
Israel Said to Be Source of Secret Intelligence Trump Disclosed to Russians
おいおい、これはまた大変な話です。
イスラエルとアメリカはもちろん大変な同盟国。そして、ロシアは、イスラエルと犬猿の仲であるイランと仲良し。一体この折り合いはどうつけられるというのでしょう。目を覆いたくなります。