バノンの退場
スティーブ・バノンの「首席戦略官」という職はトランプ大統領が彼のために特設したものです。この「特別職」はこれまでのホワイトハウスの序列とは別のところにいて、それゆえ彼が自由に動き回れる「影の大統領」とも言われたのでもあるのですが、実際のホワイトハウスの実務トップはそれとは別に「首席補佐官(チーフ・オブ・スタッフ)」という職位が用意されています。
これはこないだ、7月末まで共和党全国委員のプリーバスが務めていました。けれどオバマケア撤廃などでもさっぱり議会共和党の協力を得る繋ぎ役を果たしてくれずにクビになりました。
その後にそこに就いたのが国土安全保障省長官だった元海兵隊大将ジョン・ケリーです。その彼が就任直後からホワイトハウスの指揮系統の序列を本来の形に戻しました。つまり大統領への情報はすべて自分に集約し、これまで傍若無人に大統領と繋がっていた首席戦略官を、つまりバノンを特権的な優先序列から排除したのです。
その予兆はしかし、実は4月7日のシリア攻撃の直前にありました。攻撃2日前の5日、バノンは国家安全保障会議のメンバーから外されたのです。彼は「アメリカ・ファースト」の主唱者です。アメリカに関係ない海外のことには手を触れず、もっぱら国内問題に集中しようという主義。ですからシリアへのミサイル攻撃には断固反対。ところがトランプはそこでバノンの意見を聞き入れず、娘婿のクシュナー及び、やはり2月にロシアゲートで辞めたあのマイケル・フリンの後釜マクマスター安保担当補佐官(こちらは陸軍中将です)の助言に従ってトマホークを打ち込んだ。バノンはこのあたりからうるさがられていたのです。
ところで表向き強気で吠えまくるトランプは、誰がどう見ても1月20日の就任以来、イスラム圏からの入国制限から始まりメキシコの壁、オバマケア、税制改革と、公約政策のほとんどが失敗続きです。できたのは大統領令による独断専行ばかりで、それも裁判所に差し止められたりしてきました。パリ協定からの離脱宣言だってこの先議会でどうなるかわかりません。「誰がどう見ても」というのは、大統領自身が一番よく知っているはずです。おまけに例のロシアゲートの捜査の網がどんどん狭まってきている。トランプ支持者はすでに30%台前半しかいません。内心、焦っていなければただの鈍感。しかもその失敗はほとんどがバノンの主導してきた政策でした。
そこに降って湧いたのが12日のシャーロッツビルの衝突です。これは単に「ロバート・E・リー将軍像」の撤去反対派と賛成派の衝突ではありません。これは白人至上主義者やネオナチやオルトライトなど、元を質せば「ナチス=絶対悪」の流れから派生した有象無象の極右思想と、それに対抗しようとした「アメリカの価値観」との衝突でした。
なのでトランプが「両派ともにいい人々も悪い連中もいた」と言ったのは、「え、そこ?」というまったく枝葉末節な喧嘩両成敗論でした。彼が言ったように反白人至上主義者側にも先鋭的な暴力はあったでしょう。しかしそれをわざわざそこで強調するのは、この問題の本質からわざと目を逸らさせる、「アメリカの価値」への裏切り行為に他ならなかったのです。タブーを衝いて自分の型破りさを披瀝しつつ自分の数少ない支持者たちを喜ばせたがったのかもしれませんが、それは彼の大統領としての不適格性を露わにしてしまう以外何の意味もなかった。ロサンゼルス・タイムズは「Enough is Enough(もうたくさんだ)!」という社説でトランプを攻撃し、共和党議員からもトランプ擁護論は皆無です。そして、彼にそう対応しろと強く勧めたのもバノンだったのです。
NYタイムズによれば7月末にケリーとの間で8月14日のバノンの名誉ある退任が決まっていたそうです。つまりは先に書いた、ホワイトハウスの序列を元に戻した時点で既に退任も織り込み済みだったということです。ところがそこにシャーロッツビルの混乱が重なった。さらに追い討ちをかけるように北朝鮮への軍事行動の可能性を一蹴するバノン発言が雑誌に掲載されたのでした。これがロバの背を折る最後の藁の一本だったのか、それとも単なる蛇足だったのか。
リベラル系雑誌「 アメリカン・プロスペクト」に載ったバノン発言は「開戦30分でソウルの1000万人が北の通常兵器だけで死亡するという軍事的選択肢など、論外だ、あり得ない」というものでした。トランプの功績があるとすれば唯一その得意の脅迫口調で金正恩をビビらせているというものなのですが、せっかく北が一歩ひきさがった時にそういう戦略の舞台裏をバラしてしまうのは(とはいえ、バノンの言っていたことはみんなが言っている至極まっとうな普通の対応なのですが)、今週始まった米韓合同軍事演習の意味をも変えてしまう重大な「閣内不一致」。B-1B爆撃機を投入するとか、先制攻撃をも想定した、というブラフも本当にブラフだったってバラしちゃうことですから、トランプが激怒したのは言うまでもないでしょう。
かくしてバノンは「名誉なく」退任しました。トランプ政権はその弱体さゆえにいまケリー首席補佐官、マクマスター安保担当補佐官、マティス国防長官(元海兵隊大将)といった軍人たちに支えられる軍事政権になりつつあります。弱い指導者が軍に頼るというのは歴史が教えてくれています。それが国防予算の9%=500億ドルの増額と国務省予算の3割削減=人員2300人削減という数字に予兆的に表れていたとも言えます。
昨日、アメリカのアフガニスタン政策が刷新されました。権力の空白を避けるために再び米兵を増派する方向です。イラクでのISISの教訓を経て、オバマの立案した撤退戦略の見直しなのでしょうが、人気最低の大統領がこれまた軍事行動で国民の支持を得ようとするというのも歴史の事実です。そうすると、せっかく「ブラフ」で沈静化している北朝鮮問題も、このあと何が起きるかまたまたわからなくなってきたのでしょうか。
機能不全のホワイトハウス、「最悪の1週間」はいまも常に更新されています。