フリン危機
感謝祭(23日)の深夜にニュースが飛び込んできました。ロシア疑惑に関連して2月に辞任した元大統領補佐官マイケル・フリンの弁護士団が、トランプ側の弁護士団に「今後は情報共有を中止する」と通告してきたというのです。これは、逮捕・起訴が近いとされるフリンがこれから、モラー特別検察官チームと司法取引をして捜査協力に転じることを示唆しています。つまり情報共有を続ければ今後は捜査情報を漏らすことになるのでもうできない、という意味です。
フリンは就任前にロシアの経済制裁解除をめぐり駐米ロシア大使と事前接触したことに関連して辞任しました。このフリンと一緒になって動いていたのがトランプの娘婿ジャレッド・クシュナーや長男ドナルド・トランプJr、そしてペンス副大統領です。もしフリンが知っていることを洗いざらい話したら、政権中枢やトランプ家族を巻き込む強制捜査へと進むかもしれない、とSNS上では今トランプ大嫌い派が期待に浮かれています。
ロシアゲート捜査の大変な火の粉をかわすために、トランプ側にはいま大きく2つの方途があると思われます。
1つは彼が「本当のロシア疑惑」と呼ぶものに別の特別検察官を立て、そちらに目を転じさせることです。これはヒラリー・クリントンが国務長官だった時代に、ロシアへのウラン大量売却契約が結ばれ、その見返りとして巨額の金がロシア側からクリントン財団に寄付された、という疑惑です。ロシアゲートからは自分が関係している恐れがあるために捜査に関与しないことを宣言しているセッションズ司法長官が、これに関しては特別検察官の任命が適切か検討するとコメントしていますが、これは一時的な目くらましにしかならないでしょうし、これはこれ、ロシアゲートはロシアゲートですから、このことで痛み分けにはならないでしょう。だいたい、見え見えの戦略にアメリカの世論が騒がないわけがない。
もう1つは北朝鮮カードです。トランプはアジア歴訪直前で北朝鮮へのツイートの言葉を随分と軟化させていて、これは何かあったかと思ったのですが、それは習近平が親書を持たせた特使を北に送るつもりだとトランプ側に伝えていたからだったと後になってわかりました。けれどその特使は金正恩に面会を拒絶され、思惑は失敗に終わります。するとトランプ政権はすぐに北朝鮮へのテロ支援国家再指定を行いました。
北朝鮮問題はロシア疑惑と何の関係もありません。このテロ支援国家の再指定も実は次に何かあった時、あるいは何も進展のなかった場合の既定路線上のさらなる制裁策でした。けれどこれがロシアゲート捜査の目くらましになることは間違いありません。この国の大統領は支持率が極端に落ち込む時は戦争でそれを解決するのです。あのビル・クリントンさえ、1998年のモニカ・ルインスキー事件で弾劾裁判まで受け、支持率ジリ貧の時にアフガニスタンやスーダンへの爆撃を行ったのです。
そう、戦争の火蓋が切られたらロシア疑惑など吹き飛んでしまいます。戦争をしている大統領は辞めさせにくい、辞めさせられない。
まさかそんなことのために、とは思いますが、この大統領は「まさかそんなこと」を次々とやってのけてきている人です。ただし北朝鮮に対する軍事行動に踏み切るのはそれなりの理由づけが必要。そんな理由を手にするために、トランプが奇妙に意識的にさらなる挑発を続けるかどうか、それを見ていれば彼の次の行動が予測できます。もっとも、現時点では在韓や在日米軍に増派などの大きな動きは起きていませんし、韓国や日本にいるアメリカ人への退避勧告もありませんから、喫緊に大変なことになるというわけではありません。
そんな中で北朝鮮は米国東部時間28日の午後1時過ぎに新型とされるICBMを発射しました。実はちょうど1ヶ月前の10月28日に北は「我々の国家核戦力の建設は既に最終完成目標が全て達成された段階」と表明していました。つまり「もう実験も必要なくなった」という「理由」を作って9月15日からこの2カ月半ほどミサイルも撃っていなかったのです。それが、今週初め27日あたりに北朝鮮軍幹部が「(次回の)7回目の核実験が核武力完成のための最後の実験になる」と語ったということがニュースになっていて、なるほど、テロ支援国家再指定の報復の意味も込めてこの75日ぶりのミサイル(核)実験となったのでしょう。しかしこれも、ではもう表立ったミサイル発射や核爆発実験もとうとう必要なくなって打ち止めなのかということになります。
日本ではこれをいつもどおり北の「挑発行動」と呼んで大騒ぎしているのですが、これを「挑発」と呼ぶには無理があります。いくら金正恩の気質に問題があるとしても、北朝鮮が体制崩壊、国家滅亡につながる米国先制攻撃に踏み切ることは考えられません。つまり繰り返されるミサイル発射実験と核実験は、「我々にはこれだけの武器があるのだから軽々に攻撃するな」という「示威行動」「デモンストレーション」なのです。「挑発」してアメリカが(というかトランプが)それに乗ってしまったら元も子もない。挑発なんかしていないのです。
同時に、北にとってこの「核」は交渉でどうにかできる取引材料でもありません。それを取引なんかして失ったらたちどころに攻め込まれて命がなくなってしまう死活的な最後の「宝刀」なのです。核放棄なんてあり得ない。あるとしたら米朝の平和条約締結しかない。そしてアメリカ側は、核を保有したままの平和条約など、世界の核不拡散体制を崩壊させるものとしてこれもやはり到底受け入れられるものではないのです。
かくして現在、この問題は米朝中、そして日韓も含めて三すくみ、五すくみの状況です。二進も三進も行かない。
そこで今度は、トランプの気質問題が出てきます。国内政治情勢もままならず、国際政治でも英国の極右団体代表代行の反ムスリムツイートをリツイートしたり、何をやってるのか支離滅裂なこの大統領は、こんな北朝鮮の閉塞状況にしびれを切らすのではないか? そしてそこにもしロシアゲートが弾けて、どうしようかと辺りを見回した時にこの「北朝鮮カード」があった場合、この人は北の恐らくはまだ続いているであろう「示威行動」を「米本土に対する明確な脅威」とこじつけてあの9.11以降のアメリカのブッシュ・ドクトリンと呼ばれる「正当防衛的」な(しかしその本当の目的は別のところにある)「予防的先制攻撃」に打って出るのではないか?
前段で書いた「フリン危機」がロシアゲートから北朝鮮問題に飛び火することは、そうなるとあり得ないことではない。アメリカは、戦争をするとなったら同盟国にだって知らせずに開戦します。北への攻撃は、実際に実行される場合、日本政府へはたった15分前に通告するだけなのです。
そんなトランプ政権を「100%支持する」と繰り返す安倍首相は、本当に開戦となったらわずか数日で数百万人の犠牲者が出るかもしれないという事態に、いったいどういう責任を取れるのでしょうか。
いま開戦を阻止できるのは、11月18日に「大統領が核攻撃を命令しても「違法」な命令ならば拒否する」と発言した米軍核戦略トップのジョン・ハイテン戦略軍司令官(空軍大将)ら、正気の現場の軍人たちだけかもしれません。こんな時、文民統制ではなく軍人統制に頼りたいと願ってしまう倒錯的な異常事態がいまアメリカで続いているのです。