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March 22, 2018

より高い忠誠

勤続20年、満50歳の退職年金を満額で受け取れるそのわずか25時間前の3月16日午後11時に懲戒免職するというのは、一体どういう懲罰なんでしょう。アンドルー・マッケイブFBI副長官へのトランプ大統領の仕打ちがそれでした。
 
目の敵である「ヒラリー・クリントン」絡みの偏向だと色々と理由を並び立てていますが、いずれも訴追に足る証拠があるわけでもなく、そもそもがトランプがあのコミー長官を「FBIを統率できていなかった」としてクビにした時にマッケイブが「いや、コミー長官は全職員から信頼されていた」と真っ向から議会で反論したのがきっかけなのです。

トランプに反論した輩はみんなクビ。北朝鮮への軍事攻撃の選択肢はないと言ったバノンやティラーソンもクビ、ロシアの選挙介入はあったと言ったマクマスター補佐官のクビも危ういのです。

一方で安倍政権も大変です。こちらも森友問題で佐川前理財局長官が「文書はない」と答弁しながら、その「文書」が「ない」ように削除・改竄された形で出てきて、首相や首相夫人をめぐる官僚の「忖度」と「共謀」の関係が問われています。

そもそも森友学園に対する国有地売却価格がなぜ9割にも相当する8億円も引き下げられたのか。その理由を記したはずの記録を佐川さんは破棄したと国会で答えたのですが、実はそれは破棄されていずに出て来た。価格などを含め森友側と事前に一切交渉してはいない、とも証言したのに、それも価格を含めて学園側と交渉していた録音データが残っていた。なんなんでしょう、この文書記録の扱われ方、事実を捻じ曲げよう、あるいはなかったものにしようとする改竄・修正主義は?

その点、アメリカはフェイク・ニュースだ、ポスト・トゥルースだとかまびすしいですが、まだ記録だけは記録として手を触れてはならないという"原則"が(相対的に)生きているような気がします(わからんですけどね、権力内部でどんな作為が働くのかは)。文書・記録を扱う官僚たち、その現状は、アメリカではトランプというとんでもない大統領に対峙する官僚という構図なのに対して、日本では安倍というとんでもない政権に寄り添う官僚という、まるで正反対の構図です。そもそも官僚たちの人事権を内閣が一手に掌握して、一元的に官僚システムを管理しようという安倍政権下での内閣人事局の創設は、2000〜3000という上級官僚の指名を一手に握るアメリカの大統領制度を真似したものなのですが、この違いはどこから生じるものなのでしょう。

佐川さんは恐らく退職金や次の職を得るために、問題が大きくならないうちに自ら辞職した(あるいはその方が世間からの炎上を防げると自身あるいは誰かが判断した)。ところが、麻生財務大臣がここにきて「サガワが、サガワが」と連呼するに至って全ての罪を着せられてしまいそうな哀れさになってしまっている。3月27日の証人喚問ではさて、それでも刑事訴追されないよう(つまりは冒頭のマッケイブのように遡っての懲戒免職とならないよう)ほとんどの質問に回答を拒むのでしょうか?

しかし日米双方とも、どうして"部下"たちがこんなにも政治にいじめられなければならないのでしょうか。突ランプの顔色を窺わない者はティラーソン同様、マクマスターにしろジョン・ケリー首席補佐官にしろ、機を見ていずれはクビです。マッケイブのクビを告げたセッションズ司法長官だって、モラー特別検察官のロシアゲート捜査から自ら身を引いたことでトランプに無用扱いされているわけです。それもトランプがいずれはモラーのクビを狙っているからに他ならない。

ひどい仕打ちはマッケイブに限りません。コミーはカリフォルニア出張の時にTVニュースで自分の解雇を見て最初は冗談だと思った。同じようにティラーソンはトランプのツイッターでそれを知った。

エクソンモービルの会長は日本で言えば経団連会長クラスの重鎮。ポッと出の不動産屋のトランプはそのコンプレックスもあって目の上のタンコブの彼を排除したんでしょうが、こんなにひどい話は聞いたことがない。

トランプはいま、はっきり言ってその精神状態がとんでもない領域に入ってきているように映ります。政権1年を経てまるで図に乗って、国をまるで自分の会社のようにワンマン経営できると妄想している。自分より頭のいいやつ、上から目線で意見するやつ、バカにするやつはすべて排除。これは国家が、それもアメリカというスーパー国家が、愚かでわがままな、けれど一部では熱狂的に歓迎されるソシオパスによってどう変質するのかという壮大で危険な実験を目の当たりにしているような気がするのです。

日本も似ています。ワンマン安倍首相を擁護するあまり、自民党議員の和田政宗が太田理財局長に「あなたは民主党政権時代の野田総理の秘書官。安倍政権を陥れるために変な答弁をしているのではないか?」と質問した。太田さんは「さすがにいくらなんでも、そんなつもりは全くありません。それはいくらなんでも、それはいくらなんでもご容赦ください」ととても苦しそうでした。

そこまで言われて、日本の官僚は怒らないのでしょうか? もっとも、この発言は国会議事録から削除されるそうです。ここでもまた、自民党政権は自党に都合の悪い記録をなかったものにしようとするのです。この国会議事録からの削除というのは、それこそ歴史の改竄であり黒塗りであり検閲であるわけで、歴史修正主義の所業に他ならない。

一方のアメリカでは官僚たちはそこまでの仕打ちをされて、例えばFBIはいまトランプ政権に対して反乱を起こそうとしています。その1つが4月17日に発売予定のコミー前長官の「A Higher Loyalty」という本だろうと思われます。

内容はどこもまだ事前入手していないらしく不明ですが、タイトルの「より高い忠誠」とはまさに、トランプに「私に忠誠を誓うか?」と問われたコミーの経験から取っているのでしょう。そして「より高い Higher」とは、そんな大統領への忠誠以上に、アメリカという国や国民のための忠誠をこそ重んじたという、そういう意図なのではないかと推測するのです。さあ、日本の官僚たちは、さて、何/誰への忠誠をモットーとしているのでしょうか。

March 14, 2018

ヤルヤル詐欺?

2回前のエントリーと重複するところがありますが、ティラーソンがクビになったことでもう一度米朝首脳会談の見通しについて書いてみます。

平昌パラリンピックが終わる3月末から米韓合同軍事演習の始まる4月にかけてが北朝鮮危機の最初のピークだと言ってきました。迫り来るロシアゲートの捜査の手を振り払うため、全てをチャラにするちゃぶ台返しのような武力行使に走るのではないかと。

けれど現状は安全保障担当のマクマスター補佐官とトランプ大統領、さらにはマクマスターとマティス国防長官との確執も続き、ケリー首席補佐官はイヴァンカ&ジャレッドのクシュナー夫妻排除に努め、国務省のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表は突然3月2日付で退職し、韓国大使は決まらないまま。トランプ政権はとても軍事作戦を実施できる態勢ではなかった。

けれどそこに金正恩から米朝首脳会談の申し入れです。首脳会談の要望があると知る以前に、私はトランプが電撃訪朝するんじゃないかと半ば面白がってビックリ未来図をここで提示してみました。何れにしてもトランプにとってはこれは渡りに船に見えます。何と言っても自分は1対1のディールの天才。しかも相手は青二才の若造ロケットマン。これで北朝鮮攻撃と同じ効果をうんと安く手にできる。つまり、ロシア疑惑をチャラにして中間選挙にも有利に働く一石二鳥──トランプがそう値踏みをしても不思議じゃありません。

しかしちょっと待ってください。首脳会談を願う「見返り」として北の挙げた「核実験の凍結」「非核化」は、そもそも火を点けるぞと脅した悪人が、火を点けないと言葉を引っ込めただけの話で、これまで米国が頑なに首脳会談を拒んできた理由をクリアしたわけでは全くない。無条件で行う首脳会談とそこでのツーショット写真は、北の独裁者を国際的に認めたことになります。ここ四半世紀、北朝鮮が望んできたそのことを、いまトランプがなんの保証もなくタダで与えようとしているのではないか。しかも当初は金正恩からの「親書」とされたものが単なる口頭での伝言、しかもboozy dinner=酒の入った酔っ払い晩餐会での伝言にすぎなかったこともわかりました。一筆を取ったわけでもなかったのです。

したがって、首脳会談イエス!とトランプが食いついた後で国務省もホワイトハウスも大慌てです。翌日から「まだ場所も時期も未定」「制裁は解除せず、北朝鮮からの確約がないと会談は行わない」と慎重になりました。

そりゃそうでしょう。先にも書いたように、国務省はエリザベス・ウォーレン上院議員が言うに「壊滅状態」で、したたかな北朝鮮と朝鮮語で渡り合えるようなベテラン外交官は残っていない。首脳会談開催までの実務協議をどう進めるかも不明。開催場所だって暗殺やクーデタを恐れて北京にも行かない金正恩が米国まで飛ぶかさえ不明。これは今のところ、1972年のニクソンの訪中や、2000年に後継者ゴアの大統領選敗北で立ち消えになったクリントン訪朝計画時の1%も準備ができていない「大風呂敷」なのです。

それでもトランプは金正恩と会うつもりでしょう。「5月末までに」と言っていますがそれは少々先送りになったところで構いません。なぜならそれが、中間選挙の年に最も有効な支持率アップの策だからです。成果など曖昧でもいいのです。とにかく2人のワンマン最高権力者が会って、これまでどの大統領もできなかった「和平」めいたものを見せる。「平和」を約束させさえすれば、その後にそれをどう実現させるかの検証可能な具体的査察方法とかそのための協議は延々と続いたっていい。そのうちに中間選挙が来ます。「やる、やる」と言っておけばいいのです。トランプにとっては損はない。米国にとっては国際的な信用問題上で大変な損害があったとしても、です。

さあ、なんだか全部がうまくいきそうで得意満面な高揚感です。オレ様はなんでも出来る!──ということで、この有頂天のアドレナリンを利用して彼を「ファッキン・モロン」と呼んだエラそうなティラーソン国務長官はクビです。彼とはウマが合わなかった。北朝鮮に関しても後任のポンペオ率いるCIAのチャンネルの方が色々情報を持っているじゃないか。国務省情報など意味がない、と思ったのでしょう。

とはいえ、トランプは就任早々に自分とティラーソンが反りが合わないことを悟っていました。なにせ相手は経済界の重鎮。自分はぽっと出の不動産屋であるというコンプレックスも深層にあったのかもしれません。逆にニューヨーカーの彼はテキサス訛りのティラーソンを仲間内でバカにするという本当にガキみたいなこともやっていたと言います。さらには自分のエクソンモービル時代の外国での経験から国務省の大改革をやろうと意気込んでいたティラーソンの出鼻をくじくように、国務省の予算を500億ドル(5兆円!=従来の4割近くの削減)も減らすと発表した。

ティラーソンは自分の周囲のスタッフをエクソン時代の人脈で固めます。というのもトランプがオバマの匂いのする大使や高官たちを次々とクビにしてその穴を埋めないからです。陰湿なイジメみたいなものです。ティラーソンは様々に人事を提案しますが、ホワイトハウスの人事局長を務める38歳のジョニー・デステファノは聞いても聞かなかった振りをします。自分の息子みたいな奴が彼を蔑ろにする。そこで昨夏のペンタゴンでの秘密会合での「Fucking Moron」発言です。CNNのインタビュー番組で本当にそう言ったのかと問われて、彼は深いところに笑みを隠した顔で「そういうつまらないことは相手にしない I'm not going to deal with petty stuff like that.」とだけ言って、否定しなかった。

まあ、こういうのはどっちが卵でどっちが鶏かという話ですが、外交経験のないティラーソンと政治経験のないトランプと、真相はどうなのかは本当はどうでもいい。とにかくアメリカの外交はこの1年2ヶ月、トランプ、ティラーソンの下でほとんど何も残してこなかった。残ったのはメキシコの壁でトランプがイケイケだったのにティラーソンが待ったをかけ、入国禁止令・移民規制でも同じ構図、パリ協定でも同じ、エルサレム首都発言でも同じ、つまり、外交対大統領令の戦いの構図がずっと続いて何も解決していないという事実なのです。

しかしそれにしても火曜日13日朝のツイッターで解任を発表するとは、トランプも酷い仕打ちをするものです。あのコミーFBI長官がカリフォルニアに出張中に自分の解任をテレビニュースで知ったと同じ仕打ちです。ティラーソンはアフリカ歴訪中の9日の金曜日にケリー首席補佐官から電話を受けてトランプが解任する意向だということを聞かされ、9日にも追加の電話を受けて外遊を切り上げ、急遽12日の月曜に帰国しました。本当はトランプは彼が自ら辞任することを期待したようですが、ティラーソンはそれを拒んだようです。で、ツイッター解任という、非常に礼を失した扱いを受けたわけです。実際に解任の電話を受けたのは、大統領がカリフォルニアにメキシコの壁のサンプルを見に飛んだエアフォースワンの上からだったそうです。解任ツイートから5時間、すでに正午だったとか。ほんと、クビにするって結構ガッツがいることなんですよね。トランプは面と向かってそういうことができない、実はとんでもない小心者なんだと思います。

これで今アメリカでは to get Tillerson-ed という新語がSNS上で生まれました。「突然の縁切りをツイッターなどのSNSで知ることになる」という意味です。「I once tillersoned an ex by chenging my FaceBook status to "Single"」で、「FBで自分のことを『シングル』って変えて、元カレをティラーソンしちゃったことがあるの」という意味です。

さて次はポンペオですが、トランプは「彼は自分と思考回路が似ている」と、褒めてるのか貶してるのかわからない人物評を述べました。トランプみたいなのが2人もいるというだけでゲンナリする人がいるでしょうし、きっと夜のトークショーではそのセリフで辛辣ジョークが放たれるでしょう。CIA外交というのがどういう米国を作るのか、いや彼の場合はCIA経験はまだ1年2ヶ月ですから、むしろトランプと「波長の合う」タカ派路線、つまりは「イッパツかましてから外交」という路線を取るのでしょう。彼はゲイや中絶にも反対する保守派として知られています。アメリカの人権外交は一旦途切れることになるわけです。

トランプは今回の米朝会談のブチ上げで有頂天です。調子に乗ってホワイトハウスの気にくわない面々を一掃して自分の好きな(言うことを聞く)メンツだけで政権を大改造しようと思っているような節が垣間見えます。図に乗ったトランプは誇大妄想の症状を呈するのですからすぐにわかります。口を尖らせ顎を上げるドヤ顔が続くのです。

さあ次はティラーソンと同じようないつも上から目線のマクマスターをクビにするか、邪魔なモラー特別検察官をどうクビにするか(そのためにはローゼンシュタイン司法副長官を辞めさせなければなりません)と考えているはずです。いやその前に退役軍人省のデイヴィッド・シュルキン長官を辞めさせて(昨年の欧州出張時にウィンブルドンの観戦チケットを贈与された倫理違反が指摘されています)その後任にエネルギー省長官のリック・ペリーを当てるつもりだという算段はもう秒読みだとか。

そういえば解任のティラーソンは、マティス国防長官、ムニューシン財務長官の3人で、「誰か1人でもトランプに辞めさせられたらみんなで辞めよう」というスーサイド・パクト suicide pact を結んでいたと言われています。ムニューシンは先日の鉄鋼・アルミの高関税大統領令に大反対していました。さあ、こちらもどうするんでしょうね。

March 13, 2018

覚書──森友近畿理財局文書削除問題

近畿理財局の決済文書書き換え問題、通常の役所文書というのはあれほどまで詳細に政治家の名前や交渉経緯を書いたりはしない。詳しく残すことで突っ込まれることも増えるからだ。しかし森友との土地売買の経緯は微に入り細に入り記録されてあった。

すなわりこの理財局の決済公文書改竄問題は、後から削除し改竄し言い繕ったことの責任というよりも、それ以前、改竄前のテキストの異常なまでの詳細さ、特例的な措置の理由を記録するという内幕の暴露(告発)が、省内的かつ政府内的に重大な叱責懲戒事由になることを恐れての削除かつ自殺だったのかと思われる。

近畿理財局の、森友決済の経緯を詳細に記した改竄前文書はつまり、文科省の前川さんが行ったと同質の、時の政治権力の圧力によって行政が歪められていることの詳細な告発(仄めかし)文書であるということだ。財務省かつ安倍政権にとって、それがまずいとわかったから告発部分を消させたわけだ。

そんな文書を理財局が各責任者印を全部押して決済したということは、これは財務省本省に対する近畿理財局の不服文書だったってことじゃないか。それを糊塗した本省は、その糊塗がバレることで本来の告発を浮き彫りにしてしまった。これは二重仕掛けの時限爆弾だ。文書作成者、よくやったと思う。

この文書問題で、「書き換えるなんてありえない」として日本の官僚の劣化が批判されているけれど、いやむしろ、その文書に、書き換えさせなければならないほどの告発を忍ばせた官僚の正義感を、誇らしく思うべきところなのかもしれない。

March 07, 2018

電撃訪朝を狙うトランプ?

「北朝鮮危機」は平昌パラリンピックも終わってしまう3月末から4月だとずっと言ってきました。トランプ政権はそれに向けて主体的にも、かつ状況的にも、かつ必然的なようにも動いていました。

まず、対話路線=外交を司る国務省が北朝鮮対応を進めるどころかどんどんと主役の座から離れていっていました。空席のままの駐韓大使に検討され、韓国政府からアグレマン(同意)まで得ていたジョージタウン大学教授のビクター・チャは対北軍事攻撃に抑制的である発言を続けてトランプの不興を買い、1月末の時点で大使候補から外されました。G.W.ブッシュ政権下で北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議次席代表を務めた人物で、本来は対北強硬策を唱えていた人物です。その人までがトランプ政権のイケイケ路線には異議を唱えた。そこでチャに代わって名前が挙がっている人物の1人は、2010年の対北軍事作戦計画「5029」の策定に関わった元在韓米軍司令官のウォルター・シャープです。

国務省本庁でも北朝鮮を含む東アジア・太平洋問題で実務を担当する次官補がまだずうっと決まっていません。次官補代行のスーザン・ソーントンという中国の専門家が昨年12月19日に代行から正式に次官補へと指名されたのですが、議会承認がまだなのです。

そんな時に3月2日付で、北朝鮮担当特別代表だったジョセフ・ユンが「個人的な決断」で退任してしまいました。韓国生まれのユンはオバマ政権で北朝鮮担当特別代表に就任し、国連駐在の北朝鮮代表部次席大使パク・ソンイルを介しての、所謂「ニューヨーク・チャンネル」を稼動して米朝間の直接対話を模索してきました。北朝鮮に拘束されて意識不明に陥ったアメリカの大学生オットー・ワームビアさん(帰米後に死亡)を解放するためにも活躍しました。

対北対話路線勢力はトランプ政権内で圧倒的に力を失っていたのです。そして平昌が終わり、モラー特別検察官のロシア疑惑捜査がじわじわと迫る中、全てをちゃぶ台返ししてしまうような対北軍事行動が懸念されていたわけです。

実はそれもトランプにとって、日米韓というか全世界にとっても、後は野となれ山となれ式のひどい結末しか見えないトンデモ選択なのは明らかでした。なのにトランプはやるかもしれなかった。

そんな時に平昌五輪の余勢を駆って今回の南北会談での「非核化言及」と「南北首脳会談開催合意」です。もちろん在韓米軍撤退だとか時間稼ぎの恐れとか、色々と面倒くさい話がついていますが、そんなことより何より、これで3月末から4月にかけての「北朝鮮危機」はとにかく完全に吹っ飛んだと考えてよいということなのです。

さてそれで、いま誰が一番喜んでいるのかというと、それはもちろんトランプです。金正恩もとりあえずは米軍による攻撃が回避されることで一安心ですが、経済制裁はまだ続きますから「喜んでいる」というわけではありますまい。対してトランプはアルミと鉄鋼の高関税措置で経済担当トップのゲリー・コーン経済評議会議長は辞めるは、国家安全保障担当のマクマスター補佐官の不仲辞任説は止まないは、ジョン・ケリー首席補佐官による娘と婿のイヴァンカ&ジャレッド・クシュナー排除の動きは急だは、不倫疑惑で13万ドル(1380万円)も払って口止めしたつもりのポルノ女優が、いや、性的関係はあったと顔出し発言して口止め契約無効の訴訟は起こすは、ケリーアン・コンウェイ上級顧問が去年12月のアラバマ上院議員補欠選挙で自分の公職の地位を利用してテレビで散々共和党のあのセクハラ候補ロイ・ムーアを公然と推したのはハッチ法違反だと特殊検察官局(OSC: 倫理違反を監視する政府機関)に指摘されるは、北朝鮮をどうこうするような余裕もないくらいに政権が混乱しているのです。

そんな時に北朝鮮があたかも軟化したかのような対応を見せた。なんとラッキーなのでしょう。

これに喰らいつかない手はありません。トランプは6日のスウェーデン首相との共同記者会見の最中、朝鮮半島の緊張緩和の理由を問われ「Me(自分のおかげ)」と冗談めかして答えていました。もっともすぐさま「いや、誰にもわからない」と"修正"していましたが。

確かに制裁は効いているようです。ところがここでにわかに現実味を帯びているのが、アメリカも北朝鮮も、この両国は現在、全てがトップ2人の気ままな決断でどうにでもなっているということがより如実になって、ひょっとしたら1972年のニクソンの電撃訪中みたいなことがまた起きるかもしれない、いやむしろトランプは対北軍事行動とは真逆の電撃訪朝によって、モラー特別検察官チームによるロシア疑惑捜査からの目逸らしという、ちゃぶ台返しと同じ効果を狙ってくるに違いない、ということです。

これはかなりあり得ると思います。実はアメリカ大統領の直接訪問による、北朝鮮の核問題解決を狙った米朝首脳会談というのは、かつてビル・クリントン政権の任期最後の2000年に検討されたことがありました。クリントン政権は1993年の発足後すぐに北朝鮮の核開発とミサイル、テロ支援の問題に直面しました。大統領最後の仕事として、彼はまずニクソン訪中の時のキッシンジャーよろしく2000年10月にマデリン・オルブライト国務長官を電撃訪朝させ、大統領親書を渡してクリントン訪朝の根回しをしたのです。もしこれが実現すれば、北朝鮮は金正日の画期的な決断で当時まだ持っていなかった核兵器や長距離ミサイルの開発放棄の道を進んでいたかもしれません。

ところがその訪朝は突然中止されます。クリントン民主党政権の後継のはずだった副大統領のアル・ゴアが、11月6日の大統領選挙で共和党のジョージ・W・ブッシュに逆転負けを喫したのです。クリントンが訪朝してもその後が続かない。金正日との首脳会談の意味がなくなったのです。

いつも言っていますが、その後のブッシュ政権(2001〜2008年)は、9.11後の中東対応とチェイニー、ラムズフェルドのネオコン強行路線で北朝鮮との対話をすっかりやめてしまいました。すなわち、北の現在の核兵器と大陸間弾道弾の開発は、「対話路線」の失敗ではなく、「対話路線の中断」による失敗だったのです。

さてトランプです。「ディール」の"天才"と自負する彼は、とにかく自分が直接出て行って直談判すれば誰でもみんな折れてくると思っています。北朝鮮の若造を相手に、それは赤子の手をひねるようなものだと思っているはずです。これは全く私の推測ですが、ホワイトハウスは彼の号令の下、すでに北朝鮮への電撃訪問と具体的な「ディール」内容の提示を検討していると思います。それで成功すれば(というか成功を確信して)「ほらオレは安定したディールの天才だ」とまた自慢できると思っているのですから。

そこで日本です。安倍政権はどうするつもりでしょう?

韓国嫌いでウジウジとアメリカの「100%」のお追従をするばかりだった日本は、韓国は自由陣営だからこちらの仲間だという前提を根拠もなく拠り所にしていたのですが、蓋が開いてみると北朝鮮と韓国は本来は同じ民族、いわば縒りを戻そうとする夫婦みたいなものです。日本などお構いなしでどんどんと接近してしまう。「それは罠だ、これまでと同じく時間稼ぎだ」と”警告”しても、「他人のお前が余計なお世話だ」と聞いてもらえません。そうやって事態は蚊帳の外でどんどん進みます。そのうちにニクソン=毛沢東の時のように頭越しにトランプ=金正恩会談が実現するかもしれない。これまで「強硬策」一本でおだてられて木にも上がったのに、急に梯子を外されてしまうかっこ悪さに繋がるかもしれません。

そういうかっこ悪さを避けるためにも、そしてどうにか拉致された人たちを日本に戻すためにも、この南北急接近にもかっこよく対応できる外交的立ち位置のオプションを用意しなくてはなりません。それは何か? それはこの問題で、自分は韓国、アメリカ、中国に次ぐ4番目の国に過ぎないということを自覚して、外交の主問題ではあくまでも補佐役、橋渡し薬、まとめ役に徹することなのです。余計な口出しではなく、とにかく拉致問題に限っては堂々たる当事者だという振る舞いに徹することなのです。もうすでに最初のボタンから勘違いしているから、そういう対応にはやや遅すぎるかもしれませんが、拉致被害者のことを考えれば、かっっこ悪いところからでも始めなければならないはずです。それだけが残された、選択し得るかっこよさなのだと思います。