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ヤルヤル詐欺?

2回前のエントリーと重複するところがありますが、ティラーソンがクビになったことでもう一度米朝首脳会談の見通しについて書いてみます。

平昌パラリンピックが終わる3月末から米韓合同軍事演習の始まる4月にかけてが北朝鮮危機の最初のピークだと言ってきました。迫り来るロシアゲートの捜査の手を振り払うため、全てをチャラにするちゃぶ台返しのような武力行使に走るのではないかと。

けれど現状は安全保障担当のマクマスター補佐官とトランプ大統領、さらにはマクマスターとマティス国防長官との確執も続き、ケリー首席補佐官はイヴァンカ&ジャレッドのクシュナー夫妻排除に努め、国務省のジョセフ・ユン北朝鮮担当特別代表は突然3月2日付で退職し、韓国大使は決まらないまま。トランプ政権はとても軍事作戦を実施できる態勢ではなかった。

けれどそこに金正恩から米朝首脳会談の申し入れです。首脳会談の要望があると知る以前に、私はトランプが電撃訪朝するんじゃないかと半ば面白がってビックリ未来図をここで提示してみました。何れにしてもトランプにとってはこれは渡りに船に見えます。何と言っても自分は1対1のディールの天才。しかも相手は青二才の若造ロケットマン。これで北朝鮮攻撃と同じ効果をうんと安く手にできる。つまり、ロシア疑惑をチャラにして中間選挙にも有利に働く一石二鳥──トランプがそう値踏みをしても不思議じゃありません。

しかしちょっと待ってください。首脳会談を願う「見返り」として北の挙げた「核実験の凍結」「非核化」は、そもそも火を点けるぞと脅した悪人が、火を点けないと言葉を引っ込めただけの話で、これまで米国が頑なに首脳会談を拒んできた理由をクリアしたわけでは全くない。無条件で行う首脳会談とそこでのツーショット写真は、北の独裁者を国際的に認めたことになります。ここ四半世紀、北朝鮮が望んできたそのことを、いまトランプがなんの保証もなくタダで与えようとしているのではないか。しかも当初は金正恩からの「親書」とされたものが単なる口頭での伝言、しかもboozy dinner=酒の入った酔っ払い晩餐会での伝言にすぎなかったこともわかりました。一筆を取ったわけでもなかったのです。

したがって、首脳会談イエス!とトランプが食いついた後で国務省もホワイトハウスも大慌てです。翌日から「まだ場所も時期も未定」「制裁は解除せず、北朝鮮からの確約がないと会談は行わない」と慎重になりました。

そりゃそうでしょう。先にも書いたように、国務省はエリザベス・ウォーレン上院議員が言うに「壊滅状態」で、したたかな北朝鮮と朝鮮語で渡り合えるようなベテラン外交官は残っていない。首脳会談開催までの実務協議をどう進めるかも不明。開催場所だって暗殺やクーデタを恐れて北京にも行かない金正恩が米国まで飛ぶかさえ不明。これは今のところ、1972年のニクソンの訪中や、2000年に後継者ゴアの大統領選敗北で立ち消えになったクリントン訪朝計画時の1%も準備ができていない「大風呂敷」なのです。

それでもトランプは金正恩と会うつもりでしょう。「5月末までに」と言っていますがそれは少々先送りになったところで構いません。なぜならそれが、中間選挙の年に最も有効な支持率アップの策だからです。成果など曖昧でもいいのです。とにかく2人のワンマン最高権力者が会って、これまでどの大統領もできなかった「和平」めいたものを見せる。「平和」を約束させさえすれば、その後にそれをどう実現させるかの検証可能な具体的査察方法とかそのための協議は延々と続いたっていい。そのうちに中間選挙が来ます。「やる、やる」と言っておけばいいのです。トランプにとっては損はない。米国にとっては国際的な信用問題上で大変な損害があったとしても、です。

さあ、なんだか全部がうまくいきそうで得意満面な高揚感です。オレ様はなんでも出来る!──ということで、この有頂天のアドレナリンを利用して彼を「ファッキン・モロン」と呼んだエラそうなティラーソン国務長官はクビです。彼とはウマが合わなかった。北朝鮮に関しても後任のポンペオ率いるCIAのチャンネルの方が色々情報を持っているじゃないか。国務省情報など意味がない、と思ったのでしょう。

とはいえ、トランプは就任早々に自分とティラーソンが反りが合わないことを悟っていました。なにせ相手は経済界の重鎮。自分はぽっと出の不動産屋であるというコンプレックスも深層にあったのかもしれません。逆にニューヨーカーの彼はテキサス訛りのティラーソンを仲間内でバカにするという本当にガキみたいなこともやっていたと言います。さらには自分のエクソンモービル時代の外国での経験から国務省の大改革をやろうと意気込んでいたティラーソンの出鼻をくじくように、国務省の予算を500億ドル(5兆円!=従来の4割近くの削減)も減らすと発表した。

ティラーソンは自分の周囲のスタッフをエクソン時代の人脈で固めます。というのもトランプがオバマの匂いのする大使や高官たちを次々とクビにしてその穴を埋めないからです。陰湿なイジメみたいなものです。ティラーソンは様々に人事を提案しますが、ホワイトハウスの人事局長を務める38歳のジョニー・デステファノは聞いても聞かなかった振りをします。自分の息子みたいな奴が彼を蔑ろにする。そこで昨夏のペンタゴンでの秘密会合での「Fucking Moron」発言です。CNNのインタビュー番組で本当にそう言ったのかと問われて、彼は深いところに笑みを隠した顔で「そういうつまらないことは相手にしない I'm not going to deal with petty stuff like that.」とだけ言って、否定しなかった。

まあ、こういうのはどっちが卵でどっちが鶏かという話ですが、外交経験のないティラーソンと政治経験のないトランプと、真相はどうなのかは本当はどうでもいい。とにかくアメリカの外交はこの1年2ヶ月、トランプ、ティラーソンの下でほとんど何も残してこなかった。残ったのはメキシコの壁でトランプがイケイケだったのにティラーソンが待ったをかけ、入国禁止令・移民規制でも同じ構図、パリ協定でも同じ、エルサレム首都発言でも同じ、つまり、外交対大統領令の戦いの構図がずっと続いて何も解決していないという事実なのです。

しかしそれにしても火曜日13日朝のツイッターで解任を発表するとは、トランプも酷い仕打ちをするものです。あのコミーFBI長官がカリフォルニアに出張中に自分の解任をテレビニュースで知ったと同じ仕打ちです。ティラーソンはアフリカ歴訪中の9日の金曜日にケリー首席補佐官から電話を受けてトランプが解任する意向だということを聞かされ、9日にも追加の電話を受けて外遊を切り上げ、急遽12日の月曜に帰国しました。本当はトランプは彼が自ら辞任することを期待したようですが、ティラーソンはそれを拒んだようです。で、ツイッター解任という、非常に礼を失した扱いを受けたわけです。実際に解任の電話を受けたのは、大統領がカリフォルニアにメキシコの壁のサンプルを見に飛んだエアフォースワンの上からだったそうです。解任ツイートから5時間、すでに正午だったとか。ほんと、クビにするって結構ガッツがいることなんですよね。トランプは面と向かってそういうことができない、実はとんでもない小心者なんだと思います。

これで今アメリカでは to get Tillerson-ed という新語がSNS上で生まれました。「突然の縁切りをツイッターなどのSNSで知ることになる」という意味です。「I once tillersoned an ex by chenging my FaceBook status to "Single"」で、「FBで自分のことを『シングル』って変えて、元カレをティラーソンしちゃったことがあるの」という意味です。

さて次はポンペオですが、トランプは「彼は自分と思考回路が似ている」と、褒めてるのか貶してるのかわからない人物評を述べました。トランプみたいなのが2人もいるというだけでゲンナリする人がいるでしょうし、きっと夜のトークショーではそのセリフで辛辣ジョークが放たれるでしょう。CIA外交というのがどういう米国を作るのか、いや彼の場合はCIA経験はまだ1年2ヶ月ですから、むしろトランプと「波長の合う」タカ派路線、つまりは「イッパツかましてから外交」という路線を取るのでしょう。彼はゲイや中絶にも反対する保守派として知られています。アメリカの人権外交は一旦途切れることになるわけです。

トランプは今回の米朝会談のブチ上げで有頂天です。調子に乗ってホワイトハウスの気にくわない面々を一掃して自分の好きな(言うことを聞く)メンツだけで政権を大改造しようと思っているような節が垣間見えます。図に乗ったトランプは誇大妄想の症状を呈するのですからすぐにわかります。口を尖らせ顎を上げるドヤ顔が続くのです。

さあ次はティラーソンと同じようないつも上から目線のマクマスターをクビにするか、邪魔なモラー特別検察官をどうクビにするか(そのためにはローゼンシュタイン司法副長官を辞めさせなければなりません)と考えているはずです。いやその前に退役軍人省のデイヴィッド・シュルキン長官を辞めさせて(昨年の欧州出張時にウィンブルドンの観戦チケットを贈与された倫理違反が指摘されています)その後任にエネルギー省長官のリック・ペリーを当てるつもりだという算段はもう秒読みだとか。

そういえば解任のティラーソンは、マティス国防長官、ムニューシン財務長官の3人で、「誰か1人でもトランプに辞めさせられたらみんなで辞めよう」というスーサイド・パクト suicide pact を結んでいたと言われています。ムニューシンは先日の鉄鋼・アルミの高関税大統領令に大反対していました。さあ、こちらもどうするんでしょうね。

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