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June 13, 2018

凡庸な合意

「歴史的瞬間」というのは何を指して言うのでしょう? 米朝首脳会談の合意文書を読む限り、ここには何ら新しいことはなく、曖昧な約束だけが並んでいました。主要4項目はクリントン時代の94年の米朝枠組み合意とそっくりです。ならば前例のない「歴史的瞬間」と言うのは、北朝鮮の指導者と米国大統領が会って握手した、ツーショット写真を撮った、ということなのでしょう。

ちなみに、94年の米朝枠組み合意のテキストはこうでした。

・双方とも、政治的・経済的関係の完全な正常化に向けて行動する。
・アメリカは、その保有する核兵器を北朝鮮に対して使用せず、脅威も与えないと確約する。
・北朝鮮は、1992年の朝鮮半島の非核化に関する共同宣言を履行する手段をとる

今回の合意骨子はこうです。

・米国と北朝鮮は、平和と繁栄を求める両国民の希望通りに、新たな米朝関係の構築に向けて取り組む。
・米国と北朝鮮は、朝鮮半島での恒久的で安定的な平和体制の構築に向け、力を合わせる。
・北朝鮮は、4月27日の「板門店宣言」を再確認し、朝鮮半島の完全な非核化に向け取り組む。

これに遺骨返還が加わるわけですが、ほとんど同じでしょう? いやいや実は、94年合意の方には他にも「北朝鮮は核拡散防止条約に留まる」とか「凍結されない核施設については、国際原子力機関 (IAEA) の通常および特別の査察を再開する」「北朝鮮が現在保有する使用済み核燃料は、北朝鮮国内で保管し、再処理することなく完全に廃棄する」などの具体的項目が入っているので、むしろ今回の合意文書は中身のないスカスカな後退の表れと受け取られてもやむなしなのです。

前回のブログエントリー「予測可能大統領」で、6月12日の会談は「具体的な結論には至らぬ見通し」「壮大な政治ショーとしてとりあえず世界を煙に巻く算段」と書きました。なぜなら、金正恩の呼びかけに応じた3月初めからの準備期間「3カ月」はあまりに短かったからです。今回の合意文書はまさにその具現でした。トランプは「外交」というものをナメていたのでしょう。

非核化に関して行程表も示せず何も詰められず、結果、政治的成果を焦るトランプの前のめりのパフォーマンスと批判されてもしょうがありません。案の定、文書署名後の記者会見では具体性に欠ける合意ということで集中砲火を浴びていたのです。

その時のトランプは、なんだか初めて壮大な理想論を語っていたような印象です。米国大統領は国民に向けて大いなる理想を提示するのが常ですが、トランプの記者会見は朝鮮半島の統一とか平和的解決とか、ま、理想論というよりは希望的観測といったほうがいいのかもしれません。

結果、唯一具体的に形になったのは、前述の「会った、握手した、ツーショット」という、第一に北が望んでいた「米国大統領を使った金正恩の箔付け」だけです(歴代の米国政府はそれをこそ忌避して、協議を遠くから差配していた)。しかも今回は、大変なカネの節約になるからとトランプは朝鮮半島での米韓軍事演習の取り止めや、在韓米軍の撤退の見通し、さらにはそう遠くない制裁解除の話まで会見で披露しました。外交プロトコルを無視したこうした発言に至っては、「トレメンダス・サクセス(途轍もない成功)」というトランプの自画自賛の常套句は、現時点では金正恩にとっての言葉です。

いえ、しかしそれでもいいのです。今年初めの時点では、この5〜6月というのはともすると朝鮮戦争再開の、まさに「今そこにある危機」を予想されていたのですから。それが回避されたのは何よりです。まずはそれを寿ぎたい。

「外交プロトコルなんてクソくらえ、慣習なんて関係ない。オレはオレ流で誰もできなかったことをやり遂げるのだ」と言うトランプに99%の懐疑を抱きながらも、じつは瓢箪から駒でなんらかの成果が得られるのではないか、と、そしてその場合は、トランプに対する評価の根本のなにがしかを変えねばならないなと、1%の希望を持っていたことは否定しません。

しかし今回改めてわかったことは、トランプは脅しとハッタリの取り引きが得意なディーラーかもしれないが、緻密で理詰めな交渉が出来るネゴシエーターではないということです。そして「外交」というのはまさに、ディールではなくネゴシエーションなのです。

交渉というものは時にカッコ悪い自分をさらさねばならないけれど、ナルシストの彼はそれが出来ない。アメリカに住んで、日本とは違って何度も多くの議論の場に立ち会いました。その中でトランプのような人に何度も出食わしました。強面でぶつかりながらも、実際に一対一で対峙すると、面と向かっては自分の嫌なことは言えない、言うとちっちゃな人間だと思われるのが嫌な、徹底した「いいカッコしい」が結構いるのです。だからそんな局面に至らぬうちにディールをかけようとするのです。

トランプはそういう人物です。脅しとハッタリのディールは得意かもしれないが、理詰めの緻密な交渉は苦手なのです。非核化のプロセスとはまさにその理詰めの交渉に他なりません。そしてそれを「外交」と呼ぶ。記者会見で妙に饒舌だったトランプは、私には雄弁なだけのとても凡庸な交渉人に見えました。

問題はしかしこれからです。クリントンもブッシュも、24年前の枠組み合意や11年前の6カ国協議で今回のトランプと金正恩が「合意」したような、この地点までは来ていました。その「約束」を具体化するときに金正日に裏切られたのです。

トランプは別に特別な大統領ではありません。外交となればクリントン、ブッシュが直面した同じ困難に直面するのです。しかし「今回はその二の舞にならない」と言っているのだとしたら、トランプ政権はこれから彼らとは違う何が出来るのか? 前二者が言わなかった「体制保証」を示したのだから今度は裏切らないはず、というのはさすがにナイーヴすぎましょうから。

「CVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)」は実に困難です。なにせ核弾頭が何個あるのかもわからない。核関連施設は400カ所とも言われ、1カ所に1週間かければ8年かかります。

私はCVIDは不可能だと思っています。しかしそんなことは現実世界ではままあることです。ならば北が核を隠し持っても使わせないようにすることです。もちろん公式にはそんなことは言えませんが、同じく朝鮮半島の非核化を望む中ロの思惑も取り込んで、そういう包囲網を作る。いったん世界経済の仕組みの中に取り込めば、経済的繁栄をかなぐり捨ててまでも世界のならず者国家に逆戻りすることは難しい。私たちがもう昭和30年代に戻れないのと同じです。北朝鮮を、金正恩をそういう状況に誘導することが、片目をつぶって偉業を成す現実的政治家の本領だと思っています。

もっとも、その場合はトランプは(遠くて関係ないと思えるのにカネばかりがかかる)東アジアのことなどどうでもよくなる。米国の安全保障体制も変わるでしょう。日本のことだってどうでもいい、となる。その時、常に「100%アメリカとある」アベちゃんはどうするんでしょうね。

June 05, 2018

予測可能大統領

就任直後から何をするか予測不能と言われていたトランプ大統領が、最近はその行動パタンが見え見えで、こんなに予測可能な大統領はいないんじゃないかと思えてきました。米朝首脳会談中止の書簡は、見る人には交渉途中のブラフでしかなかったし、案の定、来週12日のシンガポール会談は壮大な政治ショーとしてぶち上げ、とりあえず世界を煙に巻く算段です。

トランプの行動パタンははっきりしています。すでに多くの人が言うように、自分が主演のテレビ番組をセルフプロデュースしているというのが当たっています。まず自分が目立つこと。ディールと称してハッタリをかますこと。次にそのハッタリを本物かのように装うこと。その後で辻褄が合わなくなり、ウヤムヤな着地点を探すのですが、その時点ではすでに視聴者(支持者)には何かすごいことをやったかのように印象付けているのです。つまり「大言壮語」をあたかも「有言実行」であるかのように仕組むパタンです。

メキシコの壁然り。パリ協定やTPP脱退宣言然り。現時点でハッタリ段階の関税戦争もこれから同じパタンをたどるはずです。

「6月12日」も同じ。3月初めの金正恩の呼びかけに即座に応答したことで、世界はこれで武力衝突が回避できると歓迎しました。「さすがトランプだ、因習に縛られずに自ら動いた」と。ところが派手に「5月中」と予告した日取りではとても詰め切れない。「6月12日」にずらしたのはよしとして、問題はそれでも具体的な結論には至らぬ見通しなので、その後も第2回、第3回と会談を継続させることです。

行動パタンは書きました。ここで、トランプの行動指針が明らかになります。

目下の課題は8月か9月に弾けるかもしれないとされるロシア疑惑捜査をどう躱すかです。6月2日付のNYタイムズが、トランプ弁護団からモラー特別検察官に当てた書簡をスッパ抜きました。弁護団はロシア疑惑に関して「大統領は、訴追されても自分を恩赦する権利を持つ」と、かねてより噂されていたトンデモ論理をやはり持ち出してきました。さらには「大統領に司法妨害はあり得ない。なぜなら大統領は司法のトップであり、いつでも捜査を中止できるのだ」とまで言うわけです。その後のトランプのツイートはまたこの件で狂乱状態です。まあ、大統領は訴追されないという慣行があるので、恩赦云々は世間向けの虚勢であると同時に、いかにトランプ陣営が切羽詰まっているかを表する証左ということです。ただし、モラーは弾劾を下院に提起できる。そして弾劾はもちろん恩赦の埒外です。

もう1つの行動指針は11月の中間選挙での勝利です。これは上記の弾劾にも関わる死活問題です。全員改選となる下院は民主党が有利と言われ、多数を獲得されれば弾劾に弾みがついてしまいます。だから何がなんでも勝たねばならない。

そのためには、北との関係は「6月12日」でファンファーレ高らかに前奏曲、それから「成功」を小出しにつなげながら11月以前にクライマックスへ到達するようにした方が良いかもしれない、とトランプが考えても不思議ではありますまい。しかし「始める前から決裂」は最もマズいので、トランプは北の非核化は段階的でもいいと会談実現にハードルを下げたのです。

ところで段階的非核化の容認とは、実は94年の米朝枠組み合意や03〜07年の6カ国協議での取り決めと同じです。その何れもが北朝鮮の約束反故で破綻し、トランプはそうやって失敗した2人の大統領、クリントンとジョージ・W・ブッシュを口汚く嘲り非難してきたはずです。なのにまた自分も同じことをしようとしている。何が違うのでしょう。

メディアはもちろんその点を鋭く衝いています。だからマティス国防長官やクドロー国家経済会議議長が「制裁解除は北朝鮮の非核化の最後のプロセス」と、クリントンやブッシュの時とは違うと強調しているのですが、おかしなことにここ最近のトランプ自身は制裁解除については言及しなくなっている。会談実現と非核化プロセスに関する発言だけなのです。

これも大言壮語の陰で「ウヤムヤな着地点を探す」という行動パタンです。表立っての経済制裁解除は難しいでしょうが、トランプのことです、金正恩に、このところ急接近の中国とロシアの制裁逃れ支援は目こぼしするくらいのことは言うかもしれません。

何れにしても再びの対話路線回帰で「対話は無意味」と言い続けてきたどっかの首相は梯子を外された格好ですが、トランプは圧力一辺倒の前言との齟齬を取り繕おうと、さらに踏み込んで朝鮮戦争の終戦宣言から平和協定締結という大団円を演出したいようです。もっとも、それこそが北朝鮮の思うツボなのですが、ノーベル賞がちらつく彼にはそこはどうでもいいのです。

我田引水、牽強付会、曲学阿世、傲岸不遜……たとえ今回も過去と同じ「対話のための対話」だったとしても、とりあえず武力行使が回避されたのは喜ばしいことです。が、トランプ流の行き着く先に待つ世界を思うと、暗澹たる気分は続いています。