連邦主義者協会
蓋を開ければ大方の予想通りブレット・カヴァノー(53)がケネディ最高裁判事の後任に指名されました。9日夜の指名発表で、その場でトランプに紹介され握手をして肩を叩かれた瞬間のカヴァノーは、顔を紅潮させてまるで泣き出しそうな感極まった顔をしていました。裁判官というのは何者からも独立した存在ですが、「最高裁判事指名についてこの大統領ほど広く相談し、様々な立場の大勢に意見を求めた人はいません」とのトランプ賛美は、単なる感謝の社交辞令以上のものに聞こえました。
アイヴィーリーグ(イェール)出身で、G.W.ブッシュ政権で顧問として働いたのちにワシントンDC控訴裁判事を務め、両親も判事という典型的な「エスタブリッシュメント」の彼は、反エスタブリッシュを掲げるトランプの支持層受けしないのではないかとの指摘もありますが、実はカヴァノーはトランプが推薦を仰いだ「フェデラリスト・ソサエティ」(Federalist Society=連邦主義者協会)や右派シンクタンク「ヘリテージ財団」からの強力なプッシュがありました。
さらに、NBCやポリティコによれば、ケネディ判事はすでに数カ月にわたってトランプと自らの引退とその後任人事について話し合っていたそうです。カヴァノーはそのケネディの法律書記官でもありました。ケネディはトランプがカヴァノーを後任に据えると確約したため、予定通りに6月に「7月いっぱいでの引退」を発表したというのです。つまりは他の後任判事候補のリストはみんなダミーだということになります。すべてをサスペンスドラマのように"視聴者"に提供しようというトランプの演出だったわけでしょうか。
何れにしてもこの大きな米司法界の変動は、「フェデラリスト・ソサエティ」の存在抜きには語れません。この協会は1982年にイェールやハーヴァード、シカゴ大学などの名門大学の保守派法学生が始めた組織ですが、今や米法曹界を牛耳る厳然たる右派勢力です。メンバーは全米200校(支部)以上の法科大学院生が1万人以上、現役の弁護士・検事で6万人以上を数え、もちろん昨年1月に亡くなったアントン・スカリア判事の後任としてトランプにピックされたニール・ゴーサッチ判事もここのリストから選ばれました。ちなみに安全保障担当補佐官のジョン・ボルトンもメンバーで、とにかく弁護士出身の共和党政治家はほぼみなここと関わっています。
日本でも「日本会議」という保守組織が政財界で隠然たる影響を及ぼしていますが、フェデラリスト・ソサエティの影響力はその比ではありません。ネオコンがバックに付いたブッシュ政権ではアシュクロフト司法長官やオルソン法務局長、拷問に道を開いた司法省の法律顧問もこのソサエティのメンバーでした。
そもそもフェデラリストとは合衆国憲法の制定に際して連邦政府の権限を強化して保護貿易を支持した人々を指します。憲法解釈でもオリジナリズム(原文主義)を通し、カヴァノーも指名受諾スピーチで「判事は法律を作るのではなく法律を紹介する(must interpret the law, not make the law)ものだ」と故スカリア判事の格言を宣言しました。「A judge must interprets the statutes as written, and a judge must interprets the Constitution as written, informed by history, tradition, and precedent (判事は書かれている通りに法令を、憲法を紹介しなければならない。歴史と伝統と先例とに教えられながら)」という部分が彼の法への姿勢を表しているでしょう。法律があまりに恣意的に操作されるものになって、国家権力に対する抑制が利いていないとする立場です。そこには社会の変化に合わせて柔軟な法解釈を行ってきたリベラル政権への批判があります。(to intepret は「解釈する」という意味ですが、この場合は書かれている通りに忠実に introduce するというニュアンスだと思います)
すると問題となるのは女性の妊娠中絶権や同性婚の合憲性、さらには大統領権限の制限といった二極化著しい論争の行方です。いやそれ以前にトランプ政権は加入を義務付けているオバマケアの違憲性を問うてくるでしょう。その時にゴーサッチとこのカヴァノーが、伝統的で歴史的な判断を示すのは目に見えています。
「中間派」「穏健派」として是々非々のキャスティング・ヴォートを握ってきたケネディ判事が、自分よりも筋金入りの保守カヴァノーをプッシュしたのは、やはり人情というものなんでしょうね。最高裁の構成が今後数十年に渡って保守5リベラル4で(あるいはそれ以上に)固定してしまうと焦る民主党が、今後の指名承認でどういう戦略に出るか、あまり手がないのも確かなのです。共和党上院はおそらく10月初めをメドに指名承認を決めたいと計画しています。
上院はいま共和党対民主党は51対49の僅差です。共和党にも中絶権の維持を求める女性議員がいて、そうすると賛成票は逆転する可能性もありますが、逆に民主党にもトランプ支持州出身で苦戦する議員もいて、彼らが承認に回る可能性もあります。
日本と違ってアメリカの議員には党議拘束がありません。政党から自由に自分の意見を通すことができる。したがってこれから、その議員たちにプレッシャーをかけようと、各々の選挙区で数百万ドルをかけた大規模な意見広告合戦が始まります。