2003/04「キツネ効果という妖怪」
アメリカと日本のTVニュースで最も違うのは原稿を伝える声の調子だ。
ここでは興奮すれば頭が悪い証拠とばかりにどんな現場でも冷静沈着に低い声で話すのが常識。例の世界貿易センタービルへの旅客機突入の朝も、テレビを見ていた私はあまりに訥々たる男女キャスターたちの声の調子に、これは資料映像かと思ったほどだ。
ところが今回、対イラク戦争でそんなニュースの常識が崩れ始めた。
米国には24時間ニュース局として老舗のCNNのほかルパート・マードック率いるFoxニュースと、NBCがマイクロソフトと手を組んだMSNBCの3局がある。
そのFoxで、イラクの従軍リポーターもスタジオのアナウンサーたちもそろって声を張り上げ叫ぶように話していたのだ。とにかく威勢がよかった。
バグダッドに一気呵成に進攻する米軍リポートでは「イラク兵を皆殺し」という内容のジョークまで飛び出し、それを受けてスタジオも大笑いするという乗りのよさ。イラクの民間人被害などは触れられるはずもなく、映画もどきの効果音や音楽まで流れる。結果、明るくいけいけムードのこのFoxが、開戦後の視聴者数でCNNを大きく上回ったのである。
声の高いFoxと低いままのCNN。両局の報道姿勢の違いは歴然だが、これを機にFox式の報道が増えるのではと一部から危惧の声もあがりはじめた。
ニューヨーク・タイムズは最近、まるでFoxの番組かと見まがうばかりに「反戦を叫んでいる連中は国家反逆罪だ」とあおったMSNBCの出演陣を例に挙げ、これを報道と政府とが一体化した「Fox効果」と紹介。
つまりは大政翼賛(第2次大戦中の日本社会)だが、商業的に成功しているFoxのそんな報道姿勢が他局へも波及していると指摘する。ちなみにNYタイムズも英国のBBCも現在は「わが軍」という表現はしない。「米軍」「英軍」と客観的に扱うと報道規定として決まっている。対してFoxはあくまで「わが軍」なのだ。
そりゃあ残虐な場面は見たくない。面倒なことは考えたくない。「善玉」の「わが軍」が「悪玉」を駆逐するならそれがいちばんスカッとさわやか。おまけに自分の国に自信も持てる。自分もよいことをしている気分になる。それで何が悪い、ときたもんだ。Foxはまさにそんな米国民の心理に応えている。
だがそれはジャーナリズムではない。それは娯楽番組だ。それを承知していながら米国のTV局はただいまどこも視聴率欲しさに政府の提灯持ちのようなコメンテイターをリクルート中なんだという。こうなると応援団や解説者までお抱えで地元チームの試合を中継するスポーツ番組と同じ。
ただし、米国内のリベラル派から批判されているのはじつはFoxではない。CNNなのである。先日、パーティーに呼ばれて当地ニューヨーク大学の某教授宅に伺った際に話を振ってみたら周囲の教授、準教授連が待ってましたとばかりに身をのりだしてCNN批判をやり出した。
いわく「開戦の理由に対する解説も分析もない」「従軍取材を受け入れたら軍の批判を出来るはずがない」「戦況の垂れ流し的報道で結局は戦争追従報道に堕した」。つまりFoxがこういう娯楽ニュースなのはわかっていた。Foxには端から期待していなかった。しかしCNNがこうとはなんたることだ、というわけである。
ちなみに、大学内では不思議なことが起こっているらしい。教授連はみなほとんどが戦争反対、ブッシュ政権大バカ者、なのだが、学生たちがそろって「戦争、行け行けドンドン。ブッシュOK」なのだという。それはNY大学に限らず、ロサンゼルスの大学から来ていた先生もそう指摘して顔をしかめていた。そうしていわく「若い連中はいま、Foxしか見てないみたいなんだ」。
なるほど、Fox効果の波及はかなり進んでいるようだ。かつて米誌「タイム」はマードックを評して「触るものすべてを下品にする」とまで言い切ったことがあるが、ある先生は「触るものすべてをバカにする」と言い換えてワインをあおっていた。