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2003/12「ギャンブルで未来を占う」

 「ブッシュ政権はわれわれにジョージ・オーウェル式の、みだりにプライバシーに立ち入るビッグブラザー国家への道をたどらせている」──11月9日、ワシントンに集まった全米のリベラル派法曹関係者2500人を前に久しぶりに講演したゴア前副大統領は厳しいブッシュ批判を展開した。

 攻撃の的は特に9.11後の混乱の中でできた米国愛国者法。連邦捜査局(FBI)はこれで市民の個人情報を容易に入手できる権限を持ち、市民は捜査されたことさえ外部に明かせない。隣人が互いに不審な目撃情報を申告し合いその情報をデータベース化する「魔手(Talon)」というコード名の、まるで密告のシステム化のような計画の存在も明るみに出た。背後にはアシュクロフト司法長官やウォルフォウィッツ国防副長官らネオコン閣僚の指示があった。

 そんな政権を、逆に市民が監視するシステムを作ろうじゃないかというリベラル派の巻き返しが出てきても不思議ではない。

 夏以降、まずマサチューセッツ工科大学(MIT)メディア研究所のチームがブッシュ政権の行動予測を行う「政府情報認知(Government Information Awareness)」というサイトを開設した。

旅行、クレジットカード、医療などの個人データにアクセスしてテロ行動の予測を図る国防総省の「テロ情報認知」プログラムに対抗するものだった。同じくMITやイェール、ニューヨーク大学などの研究者たちによる「アメリカン・アクション・マーケット(AAM)」という情報先物市場の開設も進行中だ。そこではホワイトハウスが次に何をするかという予測を“売買”する。

 「すべては国防総省のテロ情報先物取引市場の計画がきっかけだ」とAAMで広報役を務めるボブ・オスタータグ氏は説明する。

 7月に明るみに出た国防総省のこの計画は、テロ攻撃や指導者暗殺の可能性についての情報先物市場をネット上に設置する構想だった。そのための準備サイトでは当時、取引例として「アラファト議長暗殺」や「北朝鮮のミサイル攻撃」の可能性といったものまでが掲載されていた。

 仕組みはこうだ。次の1年を四半期に区切り、それぞれの期間にテロや政権転覆などの「ある事柄」が起きるかどうかを売買する。例えば「04年第1四半期内でサダム・フセインは米軍に捕捉もしくは殺害される」あるいは「されない」という上場先物の売買が行われる。契約額の多寡は投機家が各自で決める。

 「される」の買いが全体の7割になれば、その起こる可能性も7割あるという見方もできる。その期ごとに決済が行われ、実際に起きた(あるいは起きなかった)結果を先物契約していた投機家が、予測の外れた契約金分を総取りするという仕組み。情報の売買ではあるが、契約金はギャンブルでの賭け金に近い。

 賭け金を張る以上、トレーダーたちは世界中の情報網を駆使するだろう。その結果、賭けの内容という形でさまざまな情報が集積される。賭け金が上がれば上がるほどその情報の確度も増す。石油価格やオレンジ価格など、従来から先物市場の情報収集能力は折紙付きだ。「先物」が「テロ情報」に変わっても原理は同じ。米国政府もこうした市場情報の公開がテロを牽制・察知する契機になるとふんでのことだった。

 とはいえ、資金豊富なテロ組織自体がトレーダーとなって市場をかく乱したらどうなるか。暗殺に賭けた投機家がテロリストでもないのに暗殺者を雇いはしないか。そもそも殺人とか破壊とかで賭場を開くことは正しいことか||非難が渦巻いて計画はあっというまに中止に追い込まれた。

 それでも現政権に対するリベラル派の不信は募る一方だ。AAMの先物情報の取引システムはテロ先物市場と同じだが、内容は逆に「ブッシュが次に最後通牒を突きつけるのはどの国か」「中央情報局(CIA)との関係を断って次にお尋ね者リストに入れられる外国元首は誰か」など。AAMではこうした予測情報の先行によってネオコン政権の独断専行自体に抑制が働くことを期待している。

 もっとも、市場は政治的思惑に関わりなく動く。開設予告からこの4カ月ほどで、AAMの準備サイトには日本人も含む世界各国の投機家から数千件も問い合わせが殺到した。同様の情報先物市場はほかにも「オピニオン・エクスチェンジ(OX)」が来年半ばに開設予定。国防総省の挫折したテロ先物市場も、共同計画していた民間企業が来年3月に独自に開設すると発表した。

 ただし、米国ではオンライン・ギャンブルは禁止。スポーツばかりか政治問題でも賭けを行う「トレードスポーツ・コム」などの現存サイトはいずれも英国などの外国籍。米国の各選挙結果を予測するアイオワ大学の「アイオワ電子市場」は非営利だ。

 AAMのオスタータグ氏は「テロ先物市場を構想したペンタゴンは少なくともそれを違法とは思わなかった。ならばわれわれも法の下で平等だ」とは言うが、実際は売買を第三者に迂回させるなどの方策を検討中だという。

 MITの「政府情報認知」サイトにはフランクリン・ルーズベルトの言葉が掲げられている。「自由を保持するための唯一確固たる土塁は国民の利益を守るに十分な強さを持った政府と、そしてその政府を主権者として管理し続けるに十分な強さと情報を持った国民なのである」。

 「情報」売買をめぐる代理合戦めいたリベラルvsネオコン攻防の表面化。これももちろん、来年の大統領選挙をにらんでのことだ。

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