2007-09ゲイビジネスの可能性
◎ゲイビジネスの今後はどうなるのか?──欧米のLGBT報道メディア史をモデルにイイトコ取りを探ってみる
*エイズが育てたゲイ新聞 〜 いまや一般紙並みに充実
日本の出版業界で欧米のそれと違うことの1つは、ゲイ向けの新聞がないことです。バディなどの総合雑誌はありますが、ニュースを専門に扱う新聞あるいは雑誌がない。
これはニワトリとタマゴの関係にも似ています。LGBT関連のニュースがないから新聞もできないのか、新聞がないからニュースも発掘されないのか。とはいえ、欧米でもLGBT用の報道が確立したのは80年代半ば以降、歴史としても20年ほどの新しいカテゴリーです。
80年代半ばに、新聞が必要となるような何があったのかはもうおわかりでしょう。エイズでした。エイズ禍がゲイコミュニティの目を社会や政治に向けさせ、ゲイジャーナリズムというものを育てたのです。
政治誌として有名なのは今年創刊40周年を迎えた「アドヴォケット」でしょう。新聞では西海岸地区で発行の「ベイ・エリア・リポーター」紙(71年創刊)など12紙が加盟している「全米ゲイ新聞ギルド」という業界団体もあります。12紙とも大都市圏を拠点とする無料紙で、ニューヨークやワシントンからは「ブレイド」という新聞が加盟しています。
一般紙に負けない充実度で「普段使い」の要求に応えるゲイ新聞「ニューヨーク・ブレイド」紙のオンライン版
70〜80年代の創刊物はだいたいがバーに置いてあるような娯楽情報誌・紙からの出発ですが、現在はいずれも月刊もしくは隔週刊の報道メディアです。エイズから始まった社会的・政治的視点は、いまや大統領選挙や同性婚の攻防、LGBTに対する憎悪犯罪や就職差別、宗教、娯楽、スポーツ、芸能や海外ニュースにまで拡大しています。もちろん、そこにはAPやロイターなどの大手通信社からの配信ニュースも多く掲載されています。世間はじつはLGBT関連のニュースに溢れているのです。日本ではじゅうぶんに伝わってはいませんが。
*増大するゲイの受容度 〜 変化する従来型ビジネス
アドヴォケットなどの雑誌は定期購読もしくは店頭売りですが、無料ニュース新聞(もちろんウェブサイトも持っています)は広告ですべての採算をとっています。
この広告ですが、アメリカでは増えているんですね。
前記12紙の半数くらいが、96年から06年の10年を比べた場合平均で205%もの広告料の伸びを見せている。昨年の広告収入はゲイの活字・オンラインメディア全体で対前年比5・2%増の2億2330万ドル(257億円)だというから驚きです。他の一般日刊紙の広告収入がオンラインも含めてほぼ前年並みという厳しい状況にあるのに。
アメリカには経済誌フォーチュンが毎年発表する売上規模上位500社(フォーチュン500)という大企業のカテゴリーがあるのですが、この500社のうちLGBT向け出版物に広告を出稿していたのが94年には19社だけだったのに対し、昨年はこれが10倍の183社にまで拡大しています。
でも途中、逆風がなかったわけではありません。インターネットがゲイ新聞から重要な個人広告や回送欄を奪い取ってしまったし、ゲイ関連ニュースをNYタイムズやCNNなんかの主流メディアがどんどん取り上げるようになってきたこともそうです。おまけに01年の9・11同時テロ後の景気後退などでゲイ新聞が何紙も廃刊に追い込まれて、02年から03年にかけてゲイ活字メディアの広告収入は17・8%も落ち込んだ。
それで篩(ふるい)にかけられて残ったゲイ新聞はより現実的な路線を取ったわけです。ゲイ雑誌は全米展開してどんどん紙質もよくなり、より大型のセレブインタビューなどを企画してファッショナブルになっていますが、ゲイ新聞は広告の多寡に合わせて柔軟に編集を変えてきました。もともと広告採算のメディアですから、ウェブサイトへのコンテンツ移行もむしろマルチメディア化として広告セールスの売りになりました。
でも、ゲイの社会的受容度が大きくなるのはゲイビジネスにとってはよいことだけでもありません。たとえばナッシュビル(カントリーミュージックのメッカですね)にある「アウト&アバウト」というゲイ新聞は地元大手スーパーに置いてあってだれでも自由に持っていけます。そういう意味では手に届けやすいが、逆にシカゴの「ウィンディシティー・タイムズ」は二丁目みたいな存在である市内のボーイズタウン地区だけに置いておけばかつては事足りたのに、いまやゲイ人口はどんどん郊外に拡散してとても届けきれるものでもないのです。
また同性婚の政治課題化で一緒に住みはじめるゲイカップルもはるかに増えています。彼らの年齢が40代、50代と進んでくると、いままでのようにゲイエリアに繰り出したりはせずに普通に地域コミュニティの中で暮らしているというふうにもなってきました。そういうゲイたちを、ゲイ新聞が見つけることは難しいのです。
一般メディアにもゲイネタは欠かせない──有名な「ニューヨーカー」誌の最近号の表紙は
「我が国にホモはいない」と講演して失笑を買ったイラン大統領と、空港トイレでおとり
警官にわいせつ行為を誘った上院議員のスキャンダルを“合体”させたパロディ
▽マーケティングのカギは 〜 「普段使い」の可能性
そういう意味では、彼らの方からアクセスできるオンラインサイトでのニュース提供が今後の方向性なのでしょう。まさに、日常生活の中にある「普段使いのゲイメディア」を目指さねばならないのです。その証拠でしょうか、デトロイトの「ビトウィーン・ザ・ラインズ」紙などはその地区の一般紙が芸術担当の記者をレイオフしたと知ると美術芸術関連の記事を増やして、いまや一般紙よりアート関連では注目を浴び、ストレートの読者すら獲得しているほどなのです。面白い現象ですね。
さてしかし、これが日本のゲイの活字メディアのたどる道かというと違うんだろうなとは思います。まず「エイズ」や「同性婚」「ゲイバッシング」といったことへの社会的視点の必要性がなかなか顕在していない。次に、ゲイ市場を標的にしたビジネスマーケティングがまだほとんどない。さらに、LGBT関連の国内ニュースがほとんど配信されない。ここで話は冒頭のニワトリとタマゴの話に戻るわけです。
でも結論は同じだとも言えます。つまり、成り立ちと経緯は違っても、最後に行き着くところは同じビジネスモデルではないのか、と。
それはきっとゲイ市場に特化したものではなく、ストレート社会をも取り込んだマーケティングなのだと思います。ゲイマーケットが育っていないなら、ゲイフレンドリーなストレート社会をも含めて共振するように新たなマーケットを作ってしまう。これはこないだの選挙でも身にしみた教訓でした。
そういうアプローチでこそゲイ自身にとっても新たな日常が出てくるのではないか。つまりふつうに、そんなに力まないで普段使いできるようなもの、というのが今後のビジネスの狙いめなんでしょうね。それが具体的にどういう形を取るのか、楽しみでもあります。
(了)