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2007-11イラク戦争下のゲイたち

◎戦争の本質とは何か? それは生きることの基本が蔑ろにされること。LGBTの命など、最初に無視されること。


*日本が加担する戦争*

 子供のころはよかった、若いころは楽しかったといってタイムマシンに乗れるならあのころに戻ってみたいなと思うのは、いまの時代ならだいたい50代、60代の人までです。それ以上のおじいちゃんおばあちゃんになると「戻りたくないよ」と言われる。なぜなら、戻ったらそこには戦争が待ち受けているからです。
 そんな戦争にいまの日本も加担しています。国会でいま問題となっている、インド洋沖で自衛隊が米軍の給油を補助するというアフガニスタンやイラクでの戦闘行為は対テロ戦争との名目です。難しい話はさておき、その結果イラクではいまフセイン時代よりずっと極端なイスラム教原理主義が台頭してきていて、国内のLGBTたちはリンチや拉致や殺害におびえながら息をひそめる毎日を送っています。
 人びとに自由と安全をもたらすための戦争だったはずですが、結果はその逆になっている。最初からボタンを掛けまちがえていたブッシュの責任は大きいのですが、もちろんそんなことは知らんぷりです。


*最も残酷に殺せ*

 ロサンゼルス・タイムズがバグダッドに住むゲイ男性サミル・シャバ(25)らの話をリポートしていました。米軍などのイラク侵攻が始まったのは03年3月。結果、サダム・フセインが排除されて何が起きたかというと、シーア派とスンニ派の宗教対立が激化して内戦状態になり、より先鋭な原理主義こそ自分の宗教的アイデンティティと考える若者が増えたのです。そんな彼らが過激な自警団を作ってイスラムの教えに背く者たちを“処罰”して回っている。それは警官たちも同じです。

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イスラムの教えに背くLGBT狩りを進めるイラクの自警団集団

 シャバも最近、伸ばしている髪を見とがめられて機動警官にその髪をつかまれタクシーから引きずり出されました。そうして装甲車内に押し込まれて殴打され強姦された。
 シャバの従兄のアラン(26)もオープンリーゲイでしたが、自宅にやってきた何者かによって頭を撃たれて殺されました。米軍の通訳をしていたからそれで狙われたのだとする説もありますが、彼の同僚通訳で他に襲われた者はいないから、彼はゲイだったので殺されたのだとシャバは信じています。
 今年はじめに出された国連のイラク報告書ではそうした武装集団によるLGBTへの襲撃が明記されています。「同性愛者たちはイスラム教聖職者たちによって指揮される宗教裁判で裁かれ、死刑判決を受け、そして処刑されているとされる」と。
 イラクの首相報道官は「そんなことは誰も信じない」と嫌疑を一蹴しています。しかし、過激派を抱えるシーア派の最高位聖職者「大アヤトラ」であり、穏健派としてノーベル平和賞の候補にもなったシスタニ師ですら05年10月、その名の下に「同性愛者は考えられる最も苛酷な方法で殺されるべきである」とするファトワ(宗教令)を発布しました。

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「イラクのゲイを助けて」と訴える英国のイラク人LGBT人権団体のポスター


*ゲイのメッカから一転*

 80年代に、バグダッドはエジプトのカイロと並ぶゲイのメッカでした(この皮肉な言い回しを敢えて使っています)。イスラム教国の世俗化が進んだ結果ですが、イラクのゲイたちは表向きは結婚して家族を維持し、その一方で男性同士の関係を続けたりしていました。
 サダム・フセインの時代、バグダッドのゲイバーは90年代に多く閉鎖に追い込まれ、01年には同性愛を厳罰化する法律もできましたが、それでもイラクのゲイやレズビアンはまだ出会ったり楽しんだりすることができていました。ところが03年の米軍侵攻以降、状況は一変します。
 アーメドはクローゼットのゲイですが、その後もハッテン場として有名だったバグダッド東郊のルバイエ通りでクルージングを続けていました。それが昨年春、そこで会ったある男がイラク兵の軍服を着て彼のアパートに現れ、16万ディナール(日本円だと1万5千円)をよこさなければおまえがゲイであることを他の兵士たちにばらすと賄賂を要求してきたのです。それは事実上の死刑宣告であり、彼は金を払ってすぐに隣の国ヨルダンのアンマンに逃げた。


*救い出してほしい*

 ファトワの1つで名指しで暗殺の対象となっているアリ・ヒリはロンドンに亡命し、そこでイランの性的少数者人権組織「イラクのLGBT」を運営しています。そのウェブサイトには実際の犠牲者の事例が写真付きで掲載されています。
 タクシー運転手だったアンワル(34)はイラク中南部のナジャフでゲイのための安全な秘密避難所を運営していましたが、今年3月、警察の検問所で処刑スタイルで射殺されました。南部カルバラで服の仕立て屋を営んでいたノウリ(29)はゲイであることで脅迫状を受け取り、今年2月に斬首遺体で見つかりました。ハジム(21)も同じく脅されていましたが、2月、バグダッドの自宅から警官隊に連行された後、頭部に数発の銃撃を受けた遺体で発見されました。
 31歳のゲイの薬剤師は匿名でロサンゼルス・タイムズに語っています||彼のゲイの友人たちも何人かが殺されている。彼自身も尾行されたり検問所で査問される。彼の夢は欧州の国のビザを得て出国し、その後に政治迫害による亡命を申請することだ。しかしビザを待つ人びとの列はイラクでは異様に長い。出国のための偽造書類は闇市では少なくとも1万5千ドル(170万円)はする。そんな金は到底イラクの薬剤師の払える額ではない。
 「ただ救い出してもらいたいだけなんだ」と彼は言います。「そうじゃなきゃ来月、あなたが電話してみたらぼくの家族が言うかもしれない。ああ、彼は殺されたよって」

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イラク最大の民兵組織「マフディ軍」。宗教警察の役目を果たしている。


*世界に見捨てられ*

 イラクにあった5つのゲイの秘密避難所のうちの3つまでが今年、家賃や食費などの捻出に行き詰まり閉鎖となりました。「イラクのLGBT」がロンドンで寄付を集めて秘密送金しているのですが、お金はなかなか集まりません。殺されたアンワルが世話していたナジャフの避難所も襲撃に遭い、他の世話人だった2人のレズビアンと、その彼女たちが売春窟から救出してきた少年が暗殺されました。テロリストではなく、米軍が加勢する勢力によって。
 「ぼくらは世界のゲイコミュニティから見捨てられているようだ」とアリ・ヒリはつぶやきます。
 彼らの現在の悲惨は、将来のより立派な社会のために看過されて然るべきことなのでしょうか。それは違う。非道を抱えて達成された社会は、必ずそこでも非道です。その立派さはまがい物です。
 日本が加担する戦争の地で、日本が加担する戦争による非道が生み出されつづけています。そしてその非道な勢力が次の権力を握ろうとしている。何のために加担している戦争なのでしょうか。
(了)

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