2008-04ヘドウィグそしてJCミッチェル
◎伝説のロックミュージカル「ヘドウィグ&アングリーインチ」のジョンが6月に来日。東京でゲイのためのイベントをやりたいと言っている。さて、どうなるか?
ロックミュージカルの「ヘドウィグ&アングリーインチ」を翻訳した縁でジョン・キャメロン・ミッチェルに会った。いろいろと仕事の話をしたあとで、日本でヘドウィグを演じている山本耕史の話になり、「ところでコージはゲイなのか?」と聞かれた。「いや、違うと思うよ。知らないけど、日本の週刊誌ではかなり女の子と浮き名を流している」と答えると、ジョンは「ダム・イット(くそ、残念)!」と笑った。
べつにコージにコナをかけたいとかいう意味ではなかった。じつは日本だけではなく韓国でもヘドウィグは大人気で、最近、8人ものスターたちがヘドウィグを舞台で演じている。けれどその8人ともがゲイではない(と自称している)。
「韓国では観客の80%までが女性なんだ」とジョンは興味深そうに言った。それは日本も同じで、4月から再開した今年の日本版ヘドウィグも観客は同じような割合で女性たちだ。昨年からのヘドには、いやその前の渋谷パルコ劇場でやった三上博史版のヘドウィグにも、山本耕史、三上博史の固有の女性ファンたちが大挙して訪れるという事情もある。でも、ジョンとしてはいったい男たち(ゲイに限らず)はどこにいるんだろうという思いなのだろう。
対して、ニューヨークのブロードウェイもオフブロードウェイも、観客は男女の差があまりない。男性は確かにゲイの比率が高いかもしれないけれど、欧米では劇場には老若男女まんべんなくいるのは、演劇文化に対する向き合い方自体がじゃっかん違うのかもしれない。そんなことをつらつら話していると、ジョンは「やおい」についても話しだす。
かなり日本や韓国など東アジアのゲイ事情に詳しいのは、じつはいま親友といっしょに「アジアのヘドウィグ」というテーマのドキュメンタリー番組を作ろうとしているからだという。韓国のヘド・ブームと日本のヘドウィグ、その公演やファンたちの反応や実態をアメリカでの放送用に記録しようとしているのだ。
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「ヘドウィグ&アングリーインチ」というのは今から10年前、オフブロードウェイで大ヒットした伝説的・カルト的なロックミュージカルだ。その3年後の01年に映画としてもヒットした。
東西分裂時代の東ドイツに生まれたハンセルというゲイの男の子が駐留米軍人のルーサーと恋に落ち、恋人としてアメリカに亡命できるよう性転換してヘドウィグになった。しかし、手術の失敗からおちんちんの名残の1インチが残ってしまった。それが「アングリー・インチ(怒りの1インチ)」の由来だ。
ヘドウィグはしかしアメリカでルーサーに捨てられ、かつて抱いたロックスターになる夢を追おうとドサ回りを始める。その先のベビーシッターのアルバイトで、やはりロックスター志望のトミー少年に出逢い、彼を自分の片割れと思って自分の持てるすべてを教え込む。だが、そのトミーも性転換痕であるアングリー・インチの存在を知って彼女の元を離れ、彼女の教えた歌で人気絶頂のロックスターになっていく。
そしていまヘドウィグは、自らのバンド「アングリー・インチ」を引き連れてトミーのコンサートを追うように巡業し、失われた自分の片割れを求めて歌を歌い続けるのだ。
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この物語の基になっているのは、プラトンの「饗宴」のなかのエピソードだ。人間はもともと2人で一体だった。男と男の一体、男と女の一体、女と女の一体。その3種類の人間たちが、ある日、神の怒りに触れてそれぞれ2つの体に切り離される。私たちはだから、その切り離された片割れの男や女を永遠に追い求めていくのだ、という物語。
ジョンはそれを当時の恋人だったスティーヴン・トラスクとともに「愛の起源」と題した次のような歌にした。
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(略)
このまえあなたを見たときは
あたしたちはちょうど二つに裂かれたばかり
あなたはあたしを見つめてて
あたしはあなたを見つめてた
なんだかすっごく懐かしい感じがしたけど
でもそれがなんだかわからなかった
だってあなたの顔は血みどろで
あたしの目にも血がしみて
でもぜったいにわかったの
あなたのその感じで
あなたの心の底にある痛みは
あたしのここにあるのと同じもの
この痛み
一直線の切り込みが
心臓をまっぷたつに貫いてる
それをあたしたち、愛と呼んだわ
だからたがいに腕をまわして
どうにか元どおりに一つになれないかと懸命に抱き合い愛を交わした
愛を交わした
冷たく暗い夜だった
もうあんなにむかし
神々の無敵の手でもって
あたしたちがどうやって
二本脚の淋しい生き物になったのか
それは悲しい物語
それは愛の起源の物語
それが愛の起源
愛の起源
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ヘドウィグは、分裂と欠乏の象徴だ。それがどうにか片割れを見つけて本当の自分自身になる。それが愛の起源なのだということ。
ジョンはいま45歳。ベトナム戦争だとか米ソ冷戦だとかの東西分裂の時代に生まれた。そしてゲイの人権運動とともに育った。彼の作ったヘドウィグの物語は、彼の人生そのものだ。だから、韓国や日本でももっとゲイたちの姿が見えたらいいと思っている。
去年、韓国ソウルのゲイプライドをいっしょに歩いたとジョンは言った。カメラ撮影やメディアの取材を受けたくない人は腕に赤いリボンを巻いていたという。でも、ジョンは壇上からハサミを持って呼びかけた。「カムアウトしよう! そのリボンから解き放たれよう!」と。すると何人もがジョンの呼びかけに応えて、ジョンのハサミでリボンを切ったのだという。
自分自身になること。自分自身でいいのだということ。それが彼からのメッセージ。6月、そのジョンが来日する。ヘドウィグのコンサートを日本版のキャストである山本耕史とソムン・タクと中村中とで中野サンプラザで行うためだ。詳細はもうすぐ発表される。
「そのあと、もっとゲイのための、クイアのためのレイヴができないかな」と相談を受けている。女性たちのカムアウトは済んでいる日本で、クイアのカムアウトに貢献できるようなイベント。「日本のゲイたちに会いたいんだ」とジョンは言っている。
(了)