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2008-05ヒラリーの敗因

◎アメリカ大統領選挙の裏の戦い──女性嫌悪と黒人差別、そして同性愛嫌悪が三つどもえで未来を邪魔するその構図とは?


 どうしてヒラリーは負けたのか?||アメリカの大統領選挙に関して日本の多くのメディアからコメントや執筆を求められてきました。ヒラリーとオバマの民主党の候補者指名争いは、とどのつまり、「女性」対「黒人」ではなく、「女性嫌悪」対「黒人差別」のせめぎ合いだったように思います。それも後半戦になればなるほどそうでした。どちらがその逆境をすり抜けてゴールするか、の戦い。これは「同性愛嫌悪」とも共通するアメリカの、いや世の男たちの病弊のような気がします。

 ヒラリーの敗因はあえて言えば彼女が女性だったことです。いや、敗因は彼女がヒラリーだったことだよ、と口さがない人は言うかもしれませんが、それも精査すれば彼女が女性であることで言われる悪口ばかりで出来上がったレトリックです。

 たとえば彼女を「witchy(魔女みたい)」と言い捨てる人がいます。また「黒板を爪で引っ掻いたような声」だとか「彼女が何か言うたびに男たちはゴミを出しておいてと言われたような気分になる」とか、さんざんです。だれもその政策や資質では批判せずに、おもに女性としての性格の好き嫌いで一刀両断にする。4月、5月と敗色濃厚になっても撤退宣言をしなかった際には、「どうしてそんなに固執するんだ?」という問いに「いまでもビル・クリントンとくっついている女だぜ、このくらい何だって言うんだ?」というジョークが受けていました。

 対してオバマは当初、黒人票をまとめ切れていませんでした。昨年秋時点では黒人層の中でさえヒラリーの支持率は6割ほどあり、オバマの倍近くあったのです。それが1月のサウスカロライナを開けたら逆転していた。2月5日のスーパーチューズデイ以降は黒人の7〜9割方がオバマに投票するという傾向が強まっていきます。5月のインディアナとノースカロライナでは黒人票96%、91%までがオバマ票でした。

 黒人たちはオバマの躍進に自分たちの政治的解放を見ていたのだと思います。彼を通しての自己実現を見たといってもよい。それは人種を問わず若い世代の変革志向とも共振しました。オバマは米国を変革(チェンジ)する前に、まず自分自身と黒人層、若者層の精神を変革したのです。それがこの半年のうちに起きた現象ではなかったか。

 対して、ヒラリーは女性たちの共感を得たか? そうでもありませんでした。ゆいいつ、涙を見せた1月のニューハンプシャーのときだけ女性票が目立ったのは象徴的です。オバマとは違い、ヒラリーを通して自己実現を見ていた女性たちはそう多くなかった。逆に、ヒラリーみたいにはなりたくないと思っていたのかもしれません。政治家は男性ならアグレッシブだとほめられるのですが、女性だと「ああはなりたくない」……。

 ヒラリーの敗因を旧世代の政治家と見られたためとする論もありますがそれも彼女が女性だったからです。ヒラリーがオバマのような46歳だったとき、つまり彼女が若かった14年前に、時代は女性大統領など求めていなかった。そして「まだ先だ」と思って待っていたら彼女は60歳になっていたのです。

 女性票だけでは圧倒的な差を作れず、ヒラリーは5月になってその標的訴求層を「白人労働者層」にシフトしていきます。「自分は本来の民主党支持者層である白人労働者層に強い。そこに弱いオバマではマケインに勝てない」と訴えたのです。

 じつはその白人労働者階級とは、最も黒人への差別感の強い層でもあります。オバマを支持する白人層というのは、そうした差別感を知識や経験によって克服した高学歴なホワイトカラー。あるいは新しい時代を求めるリベラルな若者たちです。

 ここにきて、まさにリベラルで高学歴なヒラリーによって、オバマに逆風となる黒人嫌悪が煽られた。低所得で低学歴な白人労働者という保守層に訴えるために、ヒラリーはリベラルな自分を隠してさりげなく人種カードを切ったのです。指名争いはこうして最終段階で、ヒラリーへの女性嫌悪とオバマへの黒人差別とのどちらが、根強く互いを妨げるかという裏の争いを見せつける形になったのでした。

 で、結果はどうだったか?

 この、たぐいまれな政治的資質を持った2人の政治家は、予備選段階で計3600万票というかつてないほどの票を掘り起こし、得票数では両者ともほぼ互角でした。代議員数ではオバマが過半数を獲得して勝ちましたが、民主党支持者内部の色分けが、実は明確に二分していることを知らしめることになったのです。つまり、女性嫌悪と黒人差別の2つの怪物を抱えたアメリカを。


 そうして11月2日の本選挙へ向けての、今度は民主党対共和党の戦いが幕を開けました。

 次に出てくる妖怪は何でしょう?

 次は同性愛嫌悪です。前回の選挙で、共和党のブッシュは民主党のケリーに勝つために草の根保守派層を投票に駆り出そうと全米のキリスト教保守派の教会組織をフルに活用しました。そこにあったのは「同性結婚」の脅威という恐怖戦略でした。ケリーが大統領になったら同性愛者たちに結婚という神聖な神との契約が汚されてしまう、という脅しだったのです。

 そして今回は折りも折り、5月にカリフォルニア州最高裁が、同州で同性愛者たちに結婚を認めないというのは法の下での平等を説く州憲法に違反しているという判断を下し、カリフォルニア州は6月16日あるいは17日に、マサチューセッツ州に次いで同性間結婚を認める米国で2つ目の州になる予定です。このタイミングはべつに再びの大統領選をにらんだ陰謀ではないでしょうが、すでに早くもアメリカの中ではこのカリフォルニアの決定に異を唱える州が続出し始めています。

 共和党の候補であるジョン・マケインはこれまで共和党としては中道穏健派で通してきましたが、今後、保守層の票を得るためにこの同性結婚を再び選挙戦の恐怖戦略として利用してくるはずです。それはちょうど、黒人解放、女性解放、そして同性愛者解放という、3つの人権運動を経てきたアメリカの20世紀の歴史を、数カ月の大統領選挙で早足でおさらいするような話です。歴史はさて、どう総括されるのでしょうか?
(了)

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