2008-09企業のLGBT問題
◎LGBTの優秀な人材確保にも熱心だったリーマン・ブラザーズの破綻。でも欧米型企業のディヴァーシティ(多様性)への取り組みは破綻していない、はず……。
今回の金融危機急拡大のきっかけとなった、破綻した「リーマン・ブラザーズ」というアメリカの証券大手は、じつは日本でも社内グループがここ数年LGBT向けの就職説明会を開いたりと、なにかと社員の多様性に対応した先進的な取り組みをしていた企業でした。日本法人にも1300人くらいの社員がいたのですから、単純計算だと100人くらいはゲイやレズビアンだったりしたのでしょう。まあ、そのほとんどは自分のセクシュアリティなんかはオープンにはしておらず、社内のLGBTグループで公に活動していた人たちは少なかったでしょうが。
今年の6月の話ですが、もう一方の証券大手メリル・リンチの日本法人に招かれて「社員の多様性に企業はいかに対応するか」というテーマで2回にわたって講演を行ってきました。人事部局にディヴァーシティ(多様性)委員会という社員組織が設置され、そこが企業にとっての最良の職場環境をソフトとしてどう構築するかということを検討しているのです。そのときにメリルの人事担当者が話していたのは、いつかリーマン・ブラザーズの同様委員会と共同で何らかのイベントを行いたいということでした。それもこの破綻でダメになりましたが。いやいや、メリルだって危なかったのです。
まあね、アメリカでは基本給が2千万円でボーナスですぐに億単位の年収になってしまうような業界ですから、それに関しては言いたいことが山ほどあるんですが、ま、今日はそれはさておき、ということで。
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さて、このような社内ディヴァーシティ委員会(ダイヴァーシティという発音もあります)の設置というのはここ最近の欧米型大企業のトレンドです。もちろん「衣食足りて礼節を知る」じゃないですが本業の経営がうまく行っていなければそういう話もむなしい。
アメリカでのディヴァーシティ委員会の源流はしかし40年以上前の1960年代初めまでさかのぼります。黒人の人権運動と女性の社会進出が拡大した時代です。その当時、弁護士事務所や会計事務所といったグッド・オールド・ボーイズ・クラブ(典型的な男性社会のこと)に女性や黒人男性が入り込んでいくことはなかなか大変なことでした。
みなさんも社会人なら知っていると思いますが、例えば就職した新規採用者が会社にとってきちんとした利益を生み出すまでに、つまり一人前の社員になるまでにはどうしたって数年はかかると思います。ところがそこが典型的な男性(あるいは白人男性)社会で、女性たち(あるいは黒人たち)がどうしても馴染めない、となって2,3年で辞めちゃうということが続けば、会社にとってはそうした新人教育をつねにまた1から始めなくてはならない。これはとても無駄なことだし効率も良くない。つまり会社にとっては大変な損なのです。
会社というのは利益集団ですから、べつに人権とか福祉とかいうことを第一義的に考えているわけではありません。あくまでも、新規採用者にかけた労力と費用とをいかに回収し、さらにはそれ以上の分を生み出させるかという会社の利益で動くわけです。
どうせ辞めちゃうのだから女性とか黒人とかを雇わないようにするという手もあります。しかし女性にも黒人にも優秀な人がきっと(白人)男性と同じ率だけいるはずです。そういう人たちを雇い入れることで生じる会社にとってのチャンスを捨てたくない。これはLGBTの中の人材についてもまったく同じです。
ではどうすればよいか? そこでディヴァーシティ委員会なるものが設置され、考え始めた。
たとえば女性にとっての職場離脱の第一の契機は結婚や育児です。そこで長期に休んだりすると、それだけで仕事復帰が難しくなる。というのも、アメリカというのは移民法や税法とかが毎年改訂されたりするので、とてもじゃないけれど休んでる間のブランクをキャッチアップすることが難しいんですね。
そこで委員会は、子育て休職中も技能トレーニングやセミナーを開いて最新情報を習得できる機会が与えられるよう会社に提案するわけです。これは会計士や弁護士、医者や保険業や不動産業など、さまざまな業種で採り入れられています。
ほかにも同期のパーティーや懇親会にも休職中であっても必ず招待するように手配するとか、上司とのメントール(恩師)制度を設けて、休職中の社員の個人的な相談に対応させたりしています。上司は男性の場合もあり、その場合は男女間の社交訓練にもなります。つまりセクハラやパワハラがどういうものかをそのメントーリング(相談関係)を通じて学んだりできるわけですね。会社のリーダー、管理職たちの人事管理トレーニングにもなるわけです。
また、休職中じゃなくても女性用にスピーチ訓練のセミナーを開いたり、社内あるいは異業種のトップビジネスマンやCEOたちと話したりする交流会を企画して士気を高めたりもしています。
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女性と黒人の優秀な人材を獲得するために始まったこうした取り組みは、現在、ヒスパニックやインド系などといった他人種、さらにはイスラム教やヒンドゥ教徒などほかの宗教や異文化を背景を持つ人々、また障害児を持つ親、そしてLGBTという分野にも拡大してきています。
もう一度言うと、会社は慈善事業をやっているわけではないのですから、これはべつに人権や福祉活動ではありません。結果的に人権を守り福利厚生の庇護の拡大へとつながってはいますが、それは善意ではなく会社の利益のためにやっていることです。つまり、企業にとって、これこそが最も収益の上がる人事モデルだということです。そうしてそれが同時に従業員にとっても働きやすい快適な職場であるということ。つまり、ウィン・ウィン(両者ともに勝利する・損する者のいない)の状況づくりなのですね。ですので、LGBTのわれわれとしてもべつに恩着せがましくされる必要はないわけで、会社とは対等の関係です。もっとも、それくらいちゃんと働いているという自負がないようではダメですけれどね。
興味深いのは、日本ではこうしたマイノリティ問題の解決法が部落解放同盟の「同和」という形に象徴されるのに対して、欧米では「同じくなって和する」ではなく異なるままに互いを認める「ディヴァーシティ(多様性)」という言葉で推進されたことです。
さて、その多様さへの希求が、11月4日の大統領選でまた形として顕われるのかどうかが注目されます。
(了)